④ 歓声の向き
五月の体育祭は、朝から日差しが本気だった。
るかの持ち場は用具係と救護テントの掛け持ちである。新任に二つ役が回ってくる理屈は分からないが、断る技術はもっと分からなかった。
「先生、応援合戦の音源、許可通りました?」
「通した。教頭先生に三回頭を下げた」
「さすがです。これ、部の宣伝にもなるし、体育祭も盛り上がるし、一石二鳥なんで」
計画表を抱えたあかりが、にっと笑って走っていく。衣装も自作、進行表も自作、教師への根回しの台本まで自作である。
開会式のあと、るかは部のテントを覗いた。自作のチア衣装は、近くで見ると縫い目が波打っていた。波打った縫い目を、誰も恥ずかしがっていなかった。むしろ誰の縫い目が一番ひどいかで盛り上がっていて、投票の結果、優勝は戸田みさきの右袖に決まった。ほどいてやった甲斐のない、堂々の一位だった。優勝の景品はラムネ一本だった。
(台本まで書かれた覚えはなかったんだが、こないだの職員会議、妙に喋れたんだよな)
昼前の応援合戦、コスプレ部有志のチアは午前の部の三番目だった。
音が鳴って、自作のチア衣装の五人がグラウンドの真ん中に散った。真ん中に金色の頭。踊りは、正直、全員が上手いわけではない。それでも歓声は勝手に大きくなった。
途中、のんが、ふ、と立ち位置を半歩ずらした。
振り付けにない移動に見えた。ずらした先は本部テント脇——カメラやスマホを構えた列の、いちばん密度の濃い正面だった。次の歓声が、ひとまわり大きくなった。
(勘のいい子だ)
るかに言えるのは、それだけだった。用具係は感想を持つ暇より先に、次のプログラムの玉入れの籠を運ぶ必要があった。
昼休み、救護テントに麦茶をもらいに来た伊藤和真が、スマホを握って騒いでいた。
「ねえ先生、花村さんのフォロワー、四千超えてるんだけど」
「よん……多いの? それ」
「朝は九百だったの! チアのポストがめちゃくちゃリポストされてて、今も増えてる。ほら、見てるあいだに二人増えた」
「きみはなんでそれを実況してるの」
「面白いから」
当のこの人はテントの隅で、氷水のコップを頬に当てて涼んでいた。スマホの画面をすっと撮り直し、角度を変えてもう一枚撮り直し、それから満足そうにしまった。
「先生、麦茶おかわりください」
「救護テントは喫茶店じゃないが?」
「でも、いま注いでますよね」
「注いでない」
注いでいた。
午前の教員リレーには、新任枠で出場させられた。第二走者。バトンを受けた時点で三位、渡した時点で三位。順位を守っただけなのに、生徒たちからは今日一番の歓声をもらった。教師の全力疾走は、内容と関係なく面白いらしい。
閉会式の頃には紙コップの在庫が消え、るかの首の後ろは綺麗に日焼けしていた。
「先生、来年はステージ二回にしましょう。伸びしろしかないんで」
片付けの帰り道、あかりが計画表の裏に何か書き足しながら言った。
(伸びるのは私の仕事量では?)
異議は、飲み込んだ麦茶と一緒に喉の奥へ消えた。




