① 継続率
十月の月曜を、風岡あかりは事務の日と決めている。のんと組んで、撮影の現場を回す側の人間だった。
朝イチの講義だけ出て、昼前からファミレスに入る。窓際はまぶしいから避ける。ドリンクバーの烏龍茶を二杯、テーブルの端に寄せて、タブレットと手帳を並べる。手帳は紙がいい。画面の中の数字は目を離すと消えるけれど、紙は消えない。消えないものが一冊、鞄の中にあると思うと、あたしはよく眠れる。
先週分の締めは、二時間で終わった。予約表の突き合わせ。入金の確認。シフトの調整が二件、体調確認の連絡が一件。売上の行を締めてから、いつものように、もう一つの数字を出す。
継続率。回している子九人のうち、今月も残っている子の割合。
九人の内訳は、大学の子が六人、専門が二人、フリーターが一人。今週の状態も、頭に入っている。試験期間で稼働を半分にしている子。指名が一人に偏りすぎていて、そろそろ散らした方がいい子。彼氏ができて、たぶん春までに辞める子。辞めるなら辞めるで、円満に送り出すのがうちのやり方だ。
誰がどの客と、どの頻度で、どんな条件でやっているか、全部この手帳の中にある。NG項目は初回に必ず握る。体調が落ちてる子の稼働は止める。相場より下の仕事は受けさせない。管理って、つまりそういうことだと思う。
よそのやり方は知らない。知らないけど、うちは壊れない程度にケアしてる。だから、うちは大丈夫。
大丈夫の根拠は数字で、数字はあたしが作っている。
数字を作る人のことを、経営者、というのだと思う。あたしはそれを、無料のセミナーで覚えた。会場でもらった横文字を、家に帰って一つずつ検索して、意味を自分の仕事に貼っていく。KPI。ボトルネック。スケール。どれも、あたしのやっていることに、ちゃんとした名前をくれた。名前がつくと、それは事業になる。事業には、うしろめたさがない。
先週入った一年の子の、初回の顔合わせにも同席した。緊張で、膝の上の拳が白くなっている子だった。ああいうとき、あたしは自分の話をすることにしている。
「大丈夫だって。あたしも最初は撮られる側やってたからさ。今思えば、あれも現場感っていうか、市場理解だったんだよね。回す側やるなら、通っといてよかったって思うよ」
その子は笑った。あたしは続けた。
「それにこの仕事、就活で話せる度胸つくし、貯金もできるし、あたしも助かるし。Win-Winじゃん。……いや、Win-Win-Winまである」
その子は、もう一度笑った。この話をすると、だいたいの子は安心する。転んだ話じゃなくて、キャリアの話だからだ。キャリアの話にすると、あたしも軽くなる。撮られる側だった頃の自分も、目の前で拳を白くしている子も、数字の話にした瞬間、重さがなくなる。重くないものは、考えなくていい。考えなくて済むのは、助かる。話し終えるといつも喉の奥が渇くのは、なんでか知らない。烏龍茶を取りに立って、戻ってくる頃には忘れている。渇きだけが、毎回、残った。
午後は、古いログの整理をした。夏の「例の件」以降、証拠まわりのデータはあたしが一人で持つことになっている。予約履歴、客のハンドル、日付。フォルダを分けていくだけの、頭の要らない作業だから、イヤホンで音楽を流しながらやる。
見覚えのある並びのIDが、一つあった。指が、止まった。画面を閉じて、続きは明日にした。
音楽は最後まで流れていた。何の曲だったか、思い出せない。
夕方、のんから発注が三件来た。手帳に写して、単価の欄に丸をつける。今期は弟の冬期講習がある。四十万。うちの家計だと、四、の字が先に立つ額だ。母には言っていない。言えば母は夜勤を増やす。増やした分だけ、弟は自分の四十万の重さを知らずに済む。それでいい。知らないでいられることには、値段がある。その値段を誰が払うかが、家によって違うだけだ。
閉店の音楽が流れる前に、伝票を持って立った。レジの列に並びながら、もう一度、継続率の数字を思い浮かべる。悪くない。うちは、大丈夫。
外はもう暗くて、風が出ていた。自転車のかごに鞄を押し込んで、ライトを点けて、いつもの道を漕いだ。




