④ 客間
七月の最初の週末、一泊だけ帰省した。
帰るたび、実家は少しずつ整っていく。玄関の花が替わり、廊下の絵が替わり、今回は、鳳の部屋が客間になっていた。
「荷物は物置に纏めてあるから。必要なものがあったら言いなさい」
母の言い方に、悪気はなかった。使っていない部屋を使える部屋にする。合理的な模様替えである。ベッドは客用の布団セットに替わり、机は消え、壁の画鋲の穴は埋められて、埋めた跡ごと新しいクロスの下に消えていた。残っているのは作り付けの棚だけで、棚には賞状のファイルと、弁論大会の盾が、埃を拭かれて並んでいた。
夕食には、鳳の好きだったものが三品出た。三品とも、高校の頃に好きだったものだった。あれから好みが変わったことを、告げる機会は食卓のどこにもなかった。父は食事の後半に帰ってきて、ネクタイを緩めながら言った。
「大学の方は、順調か」
「順調よ。卒論の目処もついた」
「ならいい。……変な活動は、ほどほどにな。おまえの名前で検索する人間も、いるんだから」
それだけ言って、父は風呂に立った。母が「お父さんも心配してるのよ」と翻訳を足した。翻訳の前と後で、意味はどちらも同じに聞こえた。
夜、客間の布団に入って、鳳は天井を見た。
子どもの頃、この天井の木目のひとつを、鳥の形だと思っていた。電気を消して、目が慣れるのを待つ。木目は、そのままの場所にあった。部屋の中身が全部入れ替わっても、天井だけは同じ木目で、同じ鳥がいた。
見つけて、少しだけ安心して、安心した自分に驚いた。この家に、安心できるものがまだ残っていたことに。
朝、駅まで母が車で送ってくれた。改札の前で、母は紙袋を持たせた。中身は果物と、封筒だった。封筒は受け取らなかった。受け取らないやり取りを二往復して、三往復目の前に改札を通った。振り返ると、母はまだ立っていた。立って、小さく手を振っていた。
電車の中で、鳳は原稿の続きを開いた。開いてから、しばらく、窓の外を見ていた。
七月祭まで、あと十日。




