② 二人分の傘
七月祭の準備期間は、雨と重なった。
パネルの搬入の日、颯太は約束より二十分早く来て、団体の倉庫の前で待っていた。傘は一本しか持っていなかった。二本目を忘れる人ではないから、最初から一本のつもりで来たのだと思う。
「重いのどれ。先に運ぶ」
パネルは八枚あった。颯太は四往復して、後輩たちに「彼氏さんすか」と訊かれて、「はい」とだけ答えた。余計なことを言わない返事に、後輩たちの方が照れていた。運び終わって、倉庫の軒下で、彼は濡れた前髪をタオルで拭いた。タオルは鳳の鞄から出てきた。彼が濡れることを、鞄の方が知っていた。
帰り道、傘は鳳の側に傾いていた。
「濡れてる。肩」
「気のせい」
「濡れてるってば」
「梅雨だからな。世界的に湿ってる」
信号待ちで、彼の電話が鳴った。ゼミの友人かららしかった。うん、今日は無理、手伝い。彼はこちらに背を向けて短く話して、切り際に、笑いながら言った。
「——だから、うちの彼女、すごいんだって。マジで」
聞こえていないと思って言った声だった。聞こえていた。鳳は傘の柄を見ていた。柄には、名前を書いたテープが貼ってある。高校の頃からの癖で、彼の持ち物には全部名前が書いてある。物をなくす人の、なくさないための工夫だった。
「聞こえてた?」
「何が」
「よし」
コンビニで、彼は肉まんを二つ買った。夏に肉まんを売っている店を、彼はなぜか知っている。原稿の締切前の鳳が食事を抜くことも、抜いた末に機嫌が悪くなることも、知っている。知っていることを、恩に着せない。半分こにしよう、とも言わない。一つずつだった。
「七月祭、終わったらさ」と彼は言った。「どっか行こう。海じゃないとこ」
「なぜ海を除外するの」
「ゆず、海だと泳ぎが本気になって、話せないから」
鳳は笑った。笑って、行き先の候補を三つ挙げた。三つとも山だった。彼は三つ全部に頷いて、傘をまた少し、彼女の側に傾けた。
七月祭まで、あと十八日。




