① 原稿のない話し方
実家からの電話は、いつも夕食どきにかかってくる。食事の手を止めさせることに、母は多分、気づいていない。鳳ゆずきは味噌汁の椀を置いて、電話に出た。
「就職活動はどうなっているの。周りのお嬢さんたちは、もう決まり始めているそうよ」
「団体の引き継ぎが終わってからにする。順番は決めてあるから」
「あなたのその、団体。お父さんが取引先に訊かれて、返事に困ったって」
「困る内容じゃない。学生の安全の話をしているだけ」
「鳳の家の娘なんだから、目立ち方は選びなさい」
目立ち方は選んでいる、と鳳は思う。選び抜いた結果がこれであることを、母に説明する語彙を、彼女はまだ見つけられずにいる。
電話は、いつも母の用件が終わると切れる。こちらの近況は、訊かれない。訊かないことが母の礼儀で、詮索しない代わりに、期待の形だけを送ってくる。受話器を置くと、味噌汁が冷めていた。冷めた味噌汁を温め直すかどうかで三秒迷い、そのまま飲んだ。温め直す時間で、原稿が一行進む。
電話を切ってから、書きかけの原稿に戻った。万年筆は高校の入学祝いの、深い青緑の一本で、インクを入れ替えながらもう六年使っている。道具は、手に馴染んだものを長く使うのがいい。主張も、同じだと思っている。
八時過ぎに、颯太が来た。コンビニの袋からプリンを二つ出して、当然のように一つをこちらへ寄越す。
「食べてから書きなよ。ゆず、書き出すと食べないから」
「食べる。……いただきます」
「原稿、また直してるの」
「言葉が強すぎると、聞く前に耳を閉じられる。弱すぎると、聞かれても残らない。ちょうどいい強さは毎回違うから、毎回探すしかない」
「真面目だなあ」
「あなたが不真面目なのよ」
言いながら、鳳は笑っている自分に気づく。団体の会議では出ない種類の、口の端の力が抜ける笑い方だった。颯太の前でだけ、彼女の文章は話し言葉になる。地毛登録届の様式を新任の先生に作らせた、あの生徒会室から数えて、もう四年になる。四年かけて崩れた敬語の分だけ、この人を信頼している、ということだと思う。
「七月祭、今年もミスコンやるって」
「知ってる。実行委に申し入れの日程を取った」
「相変わらず正面からいくね」
「正面以外から行く方法を、私は知らない」
プリンの容器を重ねて捨てて、颯太は十一時前に帰っていった。玄関で振り返って、いつものように「無理すんな」と言った。いつものように、と鳳は思った。いつものように、が積み重なって年月になる。
原稿の続きは、深夜までかかった。最後の段落を書き終えて、彼女は万年筆に蓋をした。蓋の閉まる小さな音が、その日の終業の合図だった。
七月祭まで、あと二十日。




