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⑨ 昼と同じ白さ
五月の連休明け、平日の昼のスタジオだった。
顔合わせは済んでいる客だった。三度目の撮影で、履歴も条件も問題がなく、匂いも——初回は、問題がなかった。
機材を広げる背中を見ながら、のんは搬入口の鍵を確かめに行った。戻ったとき、部屋の匂いが変わっていた。饐えた匂い。初回にはなかったそれが、機材の隙間から、湿気みたいに広がっていた。
「すみません、この後の枠が急に入っちゃって——」
言いながら、のんはドアまでの歩数を数えた。
コンビニの灯りは、夜でも昼と同じ白さだった。
のんはイートインの隅で、温かいお茶のボトルを両手で持っていた。持っているだけで、開けてはいなかった。シャツの袖を、手首の上まで引き下ろした。
自分が、ちゃんとここにいるか、指で袖の内側を確かめた。いる。たぶん、いる。
古い柔軟剤の匂いがした。この店には、ないはずの匂いだった。ずっと前に鍵をかけて出てきた場所の、匂いだった。
読めた。読めて、止められなかった。
レジで新しいお茶を買って、最初の一本は捨てた。スマホには、客からの謝罪でも言い訳でもない、次回の予約の打診が一件入っていた。文面は、丁寧だった。
返信はしなかった。ブロックもしなかった。こういうとき何が正解かを決める規約を、のんはまだ持っていなかった。




