⑦ グルーガン
併せの前の晩は、いつも小道具が終わっていない。
サークルの併せだから、金は一円も動かない。動かないのに、剣の柄の造形が気に入らなくて、のんは三回削り直していた。部室の机の向かいで、あかりがグルーガンを構えて、装飾のパーツを順番に留めていく。
「そこ、あと二ミリ右」
「二ミリって何。目分量に単位つけないでよ」
「ついてた方が直しやすいでしょ」
グルーガンの糸が、机の上に細く張って、冷えて、あかりの袖に絡んだ。熱いところに指を突っ込んで、あかりが短い悲鳴を上げる。水道で冷やして戻ってきて、また同じ持ち方をした。学ばない持ち方だった。指摘すると、この持ち方が一番速いんで、と返ってきた。
九時にサークル棟が閉まって、二人でファミレスに移った。工具は持ち込めないから、残りは紙やすりだけの作業になる。ドリンクバーを二往復して、あかりはポテトを頼んだ。
「明日、晴れるって」
「知ってる」
「屋外の併せで晴れって、それだけで八割成功なんだよね」
残りの二割は、とは訊かなかった。訊かなくても、あかりは指を折って数え始めた。遅刻が出ないこと。忘れ物が出ないこと。カメラの子の機嫌。数え方が実務で、実務の声のまま、楽しそうだった。
「結論、こういうの全部、要はプロジェクトマネジメントなんだよね」あかりはポテトを一本、指揮棒みたいに立てた。「タスク分解して、あとはPDCA回すだけ。この前の学生起業のセミナーでやってた。無料の」
「ぴーでぃーしーえー」
「知らないの? のんも来ればよかったのに。あたしさ、けっこう向いてると思うんだよね、経営」
あかりは最近、何を話すときも「結論」から入る。結論のあとに前提が来て、前提のあとに、もう一度結論が来る。順番だけが、やたらと立派だった。経営、という言葉も、新品の靴みたいに使う。横文字はどれも角がなめらかで、どこかで一度、人の口を通ってきた音がした。それでも、言うときのあかりの顔は本気で楽しそうで、楽しそうなので、のんは何も言わなかった。
のんは剣の刃の部分に、やすりをかけ続けた。銀色の塗装の下地になる面を、ただ平らにしていく。誰のためでもない。明日、自分が持って立つためのものだった。売り物なら、この工程は省く。省いても写真には写らない。写らない場所を削っている時間の勘定を、のんはしなかった。しないでいられる夜が、たまにある。
「ね、のん」
あかりがポテトの最後の一本を持ったまま言った。
「うちらさ、来年もこれやってると思う?」
「これって」
「これ。こういうやつ」
店内の空調の音がして、隣の席の学生たちが笑った。
「……さあ。やってんじゃない、別に」
「だよね」
あかりはポテトを食べた。それで話は終わって、話が終わっても、どちらも帰ろうとは言わなかった。窓の外が薄くなり始めた頃、やすりの音とポテトの皿だけが残っていて、あかりは伝票を取って、割り勘の計算を一円までやった。一円まで合わせるのが、あかりの奢り方だった。




