⑤ 褒め言葉の相場
土曜は、七時に起きる。
朝のうちに機材の充電を確認して、予約表を紙に書き出す。画面でも見られるが、当日の分は紙がいい。九時、スタジオ入り。換気、床の確認、更衣室の鏡の指紋。鏡は自分で拭く。拭き残しのある鏡の前で着替えた子は、その日一日、写りを疑い続けることになる。疑いは写真に写る。
十時の枠は、常連と、着る側も常連の組み合わせ。この常連は印刷会社の人で、機材の手入れが良く、時間を一分も超えない。撮った写真は月に一度、自分で焼いて、着る側の子に一部渡していく。渡し方が、賞状ではなく回覧板の渡し方で、そこがいい客の条件だと、のんは思っている。挨拶が短くて済む組は、進行が読める。十一時半、入れ替え。初回の子が一人入っていたから、のんは更衣室の外に立って、中の物音を聞いていた。ハンガーの音の間隔が短い子は、緊張している。長すぎる子は、迷っている。今日の子は短かった。ドアを出てきたところで「似合う」とだけ言うと、肩が一センチ下がった。それでいい。それ以上は言わない。褒め言葉は、安売りすると相場が下がる。
昼は、コンビニのおにぎりを搬入口の階段で食べる。隣のビルの換気扇が回り始めると、のんは食べる場所を階段の上へ二段、黙って変える。食べながら、午後の客のメッセージを読み返す。文面は読めない。それでも、読み返す。読み返す習慣と、読める読めないは、別の話だった。
午後の二枠目で、小さい揉め事があった。時間超過。客が「あと五分」を二回言った。二回目で、のんはカーテンの外から声をかけた。
「お疲れさまでーす。次の方、入っちゃうので」
声は明るく、足は既にカーテンの内側に半分入っている。五分の三回目は、なかった。揉め事は、揉める前に終わらせると揉め事にならない。帳簿には何も残らない。残らないことが、この仕事の成果物だった。
四時、最後の枠が終わって、掃除。場代の精算。着る側の子たちへの支払いは、その日のうちに現金でやる。振込にすれば楽だが、現金で渡すと、次も来る。封筒の重さは、画面の数字より記憶に残るからだ。
「のんさん、これ、多くないですか」
「多くない。今日、初回の子のフォローしてくれたでしょ。その分」
「見てたんですか」
「見てた」
見ていた。
七時、帰りの電車で、のんは紙の予約表を四つに畳んで捨てた。今日の分は、今日で終わり。明日の分は、ノートの別の頁にもう書いてある。窓の外を、同じ形のマンションが流れていった。




