④ 値付け
四月の売上をノートに写して、のんは一つ、間違いに気づいた。同じ九十分で、隣のスタジオの相場より二千円安く受けていた。二千円、掛ける、今月の件数。ノートの端で掛け算をして、ペンを置いた。
相場は、誰も教えてくれない。教えてくれないものは、調べる仕事に変える。
ノートの後ろの頁に、相場の表を作った。スタジオ別、時間帯別、機材込みと機材なし。埋まらない欄は空けておく。空欄は、次に調べることの一覧でもある。表が一枚埋まるたび、取りこぼしていた金額が見えるようになる。見えるようになった分だけ、腹が立つ。腹が立つのは、いい徴候だ。値付けを他人に任せていた頃は、腹も立たなかった。
もう、他人には決めさせない。値をつけるのは、オレだ。
先週は、新規の客に飛ばれた。前日まで返信の感じが良かった人が、当日、来なかった。スタジオ代の四千円は、のんの持ち出しになった。着る側の子には交通費を渡した。渡さない手もあったが、次も来てもらう方が安い。
その夜、規約を書いた。キャンセルは三日前まで。以後は場代の全額。新規は初回、必ず一度、顔を合わせてから受ける。
文面は、読めない。メールの行儀と当日の人間は、別の生き物だった。読めるのは、目の前に立った人間だけ。
撮影の側は、外注が二人になった。一人は、悠介。腕はさらに上がっていた。普段は目も合わせずぼそぼそ喋るのに、ファインダーを覗いた瞬間だけ、声がまっすぐ通る。安くて、上手くて、変なことをしない。仕事の相手としては、それで十分だった。
日曜の撮影会で、初回の顔合わせを三件やった。
二件は、甘い匂いがした。砂糖を水で薄めたような、遠くから眺めていたいだけの匂い。通した。
三件目は、名刺の出し方がきれいで、話が短くて、条件がいちばん良かった。握手のとき、饐えた匂いがした。
「すみません、その日程だと空きがなくて」
空きは、あった。帰り道、断った分の金額を頭の中で数えて、数え終わってから、忘れることにした。
規約はその週から効いた。飛びは減り、場代の取りっぱぐれは消え、ノートの入金の行は一行ずつ増えた。
増え方は、まだ遅い。




