第8話 父、髪を置く
『そろそろ限界かも……』
姿見に映る自分を眺め、私は諦めたようにつぶやいた。
『何言ってんの。まだ大丈夫やって』
美容師は努めて明るく答えた。
『商売上、もうあかんねとは言えへんやろ?』
『ちゃうちゃう。言われへんけど、もっと薄い人も来てんで』
だから大丈夫だと美容師は言う。
『いやさ、僕だって諦めたく無いよ?三ヶ月に一度くらいやけど、もう二十年以上通ってるし、話すの楽しいし』
『そうやろ?なら来たら良いやん』
美容師との話し合いは平行線を辿っていた。
『わかった。なら今日は丸刈りに近い感じでやって』
私は決断した。
『良いの?』
『お願い』
バリカンを手にした美容師は躊躇いなく私の髪を刈る。
ハラハラと髪が落ちていく。
それを見送りながら心の中でつぶやいた。
(さようなら。いままでありがとう)
すっかり丸刈りになった私は、美容師に一つお願いをした。
『あのさ、写真撮ってもらって良い?』
『良いよ』
『じゃあさ、引退するアイドルがマイク置くみたいに撮って』
『何を?』
『髪の毛を』
美容師は数秒黙った。
『……了解』
床に落ちた髪を少し摘み上げる。
そして静かにそれを床へ置いた。
ーー父、髪を置く。
会計に向かい、美容師がカット料を告げる。
『四千五百円ね』
『丸刈りなのに!?』
私は目を見開いた。
『カット料は一律やしね』
『これ半額やったら、またお願いするかもやで』
駄目元で言ってみる。
『それはできひんわー。もっと薄い人にも同じ料金もらってるし』
なるほど。反論できない。
料金を支払い、美容院を後にした。
その後、さらに短さを求めて理容室へ通い、やがて自分で頭を剃るようになった。
美容院を辞めると伝えた時、美容師は残念そうな顔をしたが私には差し出す髪がない。
諦めてもらうしかなかった。
それでも時々、美容院へ顔を出し世間話をする。
手土産も持たずに。
なぜなら、私以外の家族は今でもそこで髪を切っているからだ。
叶うなら、普通の頭髪に戻りたい。




