第7話 コック帽? いや、カリフラワーか! 人はそれをパンと呼ぶ
『明日のパンが無い……』
我が家の朝はパンで始まる。
『一枚しかないね』
冷凍庫を覗いた妻が言った。
『焼かないとな』
数年前から私は自家製パンを焼いている。
母親が製菓衛生師だったこともあり、手作りパンを食べて育った。
その影響からか、子供が産まれてから食パンを焼くようになった。
誰に頼まれたわけでもなく、私は勝手にパンを焼くという十字架を背負っていた。
現在時刻は午後六時三十分。
焼ける。
まだ間に合う。
キッチンエイドのミキサーボールを計量器に乗せ、食パンの材料を入れた。
我が家のレシピはプルマンブレッドだが、あえて蓋はせずに山形に焼く。
食感が軽くなって私好みなのだ。
ボールをミキサーにセットし、パン生地を捏ね始める。
それと同時に夕食の準備に取り掛かる。
パン作りの工程は、捏ね、一次発酵、分割丸め、ベンチタイム、成型、仕上げ発酵、焼成。
完成までおよそ三時間。
大丈夫、いつも通りだ。
夕食作りの途中で、捏ねの工程が終わった。
ここから一次発酵に入る。約五十分ほど掛かるのでこの隙に夕食を済ませる。
妻と子供が夕食を食べている中、自分の食器を片付け、パン作り用の天板を広げた。
パン生地を四つに分割し丸め、湿らせた手拭いを被せて、生地を休ませる。
ベンチタイムを終えた生地を成型し、食パン型へ。
仕上げ発酵に入る。
ここまで来れば後は発酵を待ち、焼くだけだ。
やれやれと布団に寝転んだ私は、少しの休憩を楽しんだ。
タイマーが鳴り、発酵中のパン生地を確認すると良い塩梅に膨れていた。電気オーブンに予熱を掛け、テレビアニメに夢中な息子に声を掛けた。
『オーブンが鳴ったら教えてね』
『わかったー』
息子はいつも気持ちの良い返事を返してくれる。
仕事後のパン作りは毎度のことなのだが、少し疲れた。だからといって勝手に背負った十字架は簡単には下ろせない。
再び布団に寝転がり、束の間の休息に入った。
とても眠い……
『お風呂入るよー』
『はーい』
洗濯物を干し終えた妻が子供達に声を掛けた。
『おふろ〜おふろ〜』
娘もお風呂コールを始めた。
『あなたはどうする?』
『パン作ってるから、後で入る』
『はい、はーい』
そこで私の意識が途切れた。
『お父さん寝てる!』
お風呂から上がった息子の声で目が覚めた。
パンは???
私は飛び起き、仕上げ発酵中のパンを見た。
予想以上の膨らみだ。
オーブンは!
セーフティ機能が働いたのか沈黙している。
……
……
パンはっ!!
白く膨張したソレは、もはや食パンではなかった。
コック帽である。
いや、違う。
一瞬、脳裏に浮かんだのはブロッコリーだった。
だが白い。
カリフラワーだっ!
人はそれをパンと呼ぶ。
この状態どうしたものか。
取り敢えずオーブンはまだ暖かい。
焼いてみるか。
オーブンを開け、生地を入れようと試みたが、生地が膨らみ過ぎて入らなかった。
生地を捨てようにも、膨らみ続けるイースト菌を想像してゾッした。
断腸の思いで、カリフラワーと化した生地を潰し、オーブンのスタートボタンを押した。発酵を止めてから捨てるのだ。
我が家のパンは失われた。
『駄目なの?』
『あかんね』
『ありゃ〜勿体無いね』
妻と短い会話を済ませ、私は徐に米を研いだ。
日本人の朝は米から始まるのだ。
翌朝、息子は言った。
『パンが良かった』
私は無言でおにぎりを握った。




