第2話 自動充填トイレットペーパーのある生活
彼女が不安な声を漏らす。
『どうしよう……』
人生において、決断を迫られる時がある。
それは仕事であったり、ちょっとした買い物であったり、あるいは将来のパートナー選びであったり。
振り返れば些細なものもあれば、その後の人生を大きく左右するものもある。
妻と出会ったのは、私が34歳の頃で、五つ下の彼女は誕生日を目前に控えた28歳だった。
付き合って一年後に、妻の希望で同棲を始めた。
実家が大好きな私は、晴れやかに手を振る両親を残し、断腸の思いで屋根を分けた。
一家離散である。非常に悲しい。
実家を離れた友人から、
『トイレットペーパーは自動充填されない』
という恐ろしい現実を聞かされ、私は戦慄した。その衝撃は今でも忘れられない。
しかし、それは一人暮らしの話であり、同棲生活を経て結婚生活となった今でも、我が家のトイレットペーパーは自動充填され続けている。
どうやら私には、実家を出てもなお補充システムが継続されるという幸運があったらしい。
妻には感謝しかない。
同棲を始めて数カ月が経った頃、彼女が不安げな表情で声を掛けてきた。
『ねぇ』
『なに?』
『生理が来なくて……』
彼女は言う。
元々、生理不順の傾向があり、2、3ヶ月遅れることもしばしばあった。
『生理不順?』
『いや、今回のはそうじゃなさそう』
避妊具もきちんと使っていたこともあり、いつもの遅れだろうと内心では高を括っていた。
そんな余裕を見せる私に、彼女はおもむろに、白い棒状の物を差し出した。
妊娠検査薬だ。
初めてみるそれをまじまじと眺めると、四角い判定窓に浮かぶ一本線。それが陽性を示すサインだと、説明書には書かれていた。
『どうしよう……』
彼女は困惑しながらそう呟いた。
私は内心驚愕しながらも、冷静に努めた。
『検査結果の誤差もあるかもだし…』
そう言う私に彼女は、
『二本やって両方、陽性だったの』
追い打ちをかける様に彼女は言った。
『あ、そうなの?』
私は軽く返事をした。
ここまできたら、もう次の言葉は決まっていた。どこかの時代小説で見たような台詞が頭をよぎる。
(産めば良いのじゃ)
流石に私は武士では無いので、もう少しマイルドに言う。
『僕を父親にしてくれるの?』
『良いの?』
少しだけ安堵したように、彼女の声は軽くなった。
『取り敢えず、産婦人科に行ってちゃんと検査しよう。結果が出たら、お互いの両親に連絡を入れて、ご挨拶もして籍を入れよう』
翌日、私は出来ちゃった結婚をした兄に連絡をいれた。
『もしもし、久しぶりやね。どうしたん?』
兄はいつもの調子で語りかけてきた。私は経緯を説明した。
『産婦人科の結果しだいやけど……』
まだ確定ではないと含みを持たせた言い方に兄は、
『検査薬って99%やろ?それ二回も出てたら、確定してんで』
ぐうの音もでない。
『おめでとう』
『……頑張るわ』
その数日後、産婦人科から妊娠を告げられた彼女から連絡があり、私達は晴れて夫婦になった。
妻の両親は意外にもあっさりしていて、お叱りを受けることもなく、ただただ歓迎してくれた。
内心不安はあっただろうが、そこには目を瞑って。
二人目の子供も授かり、私のあの時の決断は間違いではないと自信をもっていえる。
この幸せは強固で儚くもある。私は日々寄り添ってくれる家族に感謝し、いつまでも続く努力を重ねていきたいと思う。
夫婦とは、信頼の積み重ねでトイレットペーパーのグレードが変わる関係である。
どこまでも途切れることの無い、自動充填トイレットペーパーのためにも……




