第12話 落花生と来訪神
『お面付きの落花生あります?』
『えっと……たしかこちらに』
店員に連れられ、野菜コーナーへ向かう。
『こちらにあったと思うのですが……』
誘導したものの、店員はまだ見つけられていない。
『あ、ありました。ありがとうございます』
『良かったです』
にこやかに微笑み、持ち場に戻る店員にもう一度お礼を言い、落花生を買い物カゴに入れた。
我が家の節分は落花生を使う。片付けやすい上に、こちらの方が食べやすい。
殻を剥かなければならないのが玉に瑕だが……
小さな子供を抱える家庭にとって、節分は一大イベントだ。スーパーのおまけに付いているお面は、値段以上の価値がある。
どちらかと言えば優しそうな鬼の面ひとつで、子供達の阿鼻叫喚というプライスレスが手に入る。
もっとも、小学校の入学を控えた息子には効かないが、今回のターゲットは二歳になった娘だ。
その可愛い顔を涙で濡らすのだ!
夕食を済ませ、いよいよ豆まきの時間だ。
いそいそとお面に輪ゴムの耳掛けを用意していると息子がこちらにやってきた。
『鬼やりたい』
どうやら脅かし役をやりたいらしい。
『良いよ。なら合図したらきてね』
息子にお面を付けてあげ、娘の側で待機する。
妻はスマホを構え、撮影準備を整えた。
『今日は節分だけど、鬼さん来るかなぁ』
少し大きい声で言う。
……
……
鬼が来ない。
娘は私の持つ落花生入りの袋に興味津々だ。
『鬼さん来るかなぁ』
もう一度言う。
『あ、こらやめなさい』
娘が殻ごと落花生を口に入れた。
妻は静かにカメラを向けている。
娘の口から落花生を引き抜き、顔を上げるとそこには小鬼が立っていた。
小鬼はテレビ台に片肘を乗せ、静観している。
鬼の癖にジェントルマンだ。
娘はそんな鬼を見つめると、「にーたん何してるの」と言いたげな顔をした。
もっとも、彼女はまだ話せない。
小鬼はどうしていいのか分からず、ただこちらを見つめている。
『お、鬼だー!』
私は堪らず声を上げた。
『鬼が悪いことするぞー。あっちいけー。鬼はーそと、福はーうち』
私はこの静かな豆まきを打開するべく、落花生を鬼に投げつけた。
突如、状況を飲み込んだ鬼がダッキングやフットワークを使い、俊敏に落花生を避ける。
何だこれ当たらない。
『避けるんじゃないよ!当たらんかい!』
しかし、鬼はクスクスと嬉しそうに豆を避けている。
娘は何が起こっているのか分からず、無表情で私と息子のやり取りを眺めている。
ひとしきり鬼を楽しんだ息子が、鬼の面を私に渡した。
『疲れたからお父さんが鬼やって』
ここにきて無茶振りである。
だが、やってやろうじゃないか。
不甲斐ない小鬼に代わって、本物の鬼役を見せてやる。
私はいそいそとリビングを離れ、面をつけた。
妻が撮影しながら、息子と娘の間に入る。
私は低い声を上げた。
『わるいごはいねぇがー』
なまはげである。
鬼ですらない。
『バブちゃん!鬼がきたよ!ほら、豆投げなきゃ』
妻が煽る。
『鬼はーそと、鬼はーそと』
息子が落花生を投げる。
『がおーわるいごはいねぇがー』
私の迫真のなまはげにより、娘は口をへの字に曲げようやく泣き出した。
妻の腕を身体一杯で掴み、ぎゃーぎゃー泣く。
これが見たかったのだ。
軽快なフットワークを使い、豆を避ける小鬼が出てきたときはどうしようかと思ったが、我が家の豆まきは無事、幕を下ろした。
子供達を寝かしつけ、携帯をいじる妻が言う。
『なまはげって鬼じゃ無くない?』
『そうなん?』
『大晦日に訪れ、怠け者を戒める来訪神だって』
こうして私演じる来訪神は、わざわざ節分にやってきては、私達の渾身の落花生で外へと追い出されたのである。
我が家に幸福が舞い降りることを切に願う。




