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アルヴェインは自室のドアを開けて固まった。
簡素な広い部屋に置かれているのはベッドと机とソファーだけだ。
大きなベッドの上にトカゲが横になっているのを見てアルヴェインは顔を引きつらせる。
「なぜ、俺の部屋に居るんだ」
「お話が出来るからですよ。それに私の姿を見るとみんな殺そうとしてくるんですもの、安心できるのはアルヴェイン様のお傍だけです」
唯一話が通じるアルヴェインなのでリリーからしたら片時も離れたくない。
誰か話せる人はいないかと城の中を彷徨ったが、トカゲ姿を見ると誰もが悲鳴を上げて叩き出そうと攻撃をしてくる。
誰とも話が通じない孤独感から嫌がられてもアルヴェインの傍に居る方が精神的に安心するのだ。
「寂しいんですよ」
哀愁を漂わせているトカゲにアルヴェインは一瞬言葉に詰まった。
「可哀想だと思うが、俺のベッドに上がるのはダメだ。気持ちが悪いだろうお前はトカゲだ」
一定の距離を取って近づいてこないアルヴェインをリリーは不満気に見つめる。
すでに真夜中という時間にリリーは軽く欠伸をする。
「今日はいろいろあって疲れたんですから、お話は明日にしませんか?」
「お前が言うな!別の部屋を用意するからそこで休んでくれ。何が悲しくてトカゲと同じ部屋で寝ないといけないんだ気持ち悪い!」
吐き捨ているように言われてリリーはトカゲの姿なのに涙をポロポロと流す。
「悪魔姫に、泥棒の濡れぎぬをかぶせられて殺されたんですよ。トカゲになって好意を持っていた人に嫌がられて今こそ死にたいです」
「……好意?トカゲが?」
嫌そうな顔をするアルヴェインを見てますますリリーは涙を流す。
「私はトカゲじゃないんです。人間です。アルヴェイン様のこと素敵だなって思っていたのにこんな最後あんまりです」
わんわん泣き出したトカゲを見てアルヴェインは嫌そうな顔をした後何とか引きつった笑みを浮かべた。
「あぁ、そうだったな人間だった。だが、今はトカゲだ。それもとても気持ち悪いトカゲなんだ。だからベッドから降りてくれないか」
「嫌です。もうこれは私のベッドです」
(遠慮してたらバカみたいじゃない)
そう思いつつも死んでしまったことと、トカゲの姿になって皆に気持ち悪がられることが悲しくて涙が出てくる。
涙を流すトカゲにアルヴェインは頷く。
「そ、そうか、仕方ない。俺は別の部屋で寝るからここで寝て構わんぞ」
ジリジリと後退して部屋を出て行こうとするアルヴェインをリリーは睨みつけた。
「その部屋に行きますから!朝まで同じベッドで寝ますから」
脅迫めいた事を言うリリーにアルヴェインはますます顔を顰めた。
ドアの隙から出入りできるのを知っているので、どこに行ってもついてくるだろうとアルヴェインは舌打ちをする。
「ならば、同じベッドで寝るのは勘弁してくれ。特別にトカゲ用の寝床を用意しよう。それならどうだ」
「わかりました。それでいいです」
同じ部屋で寝られることになりリリーは頷いた。
アルヴェインは再び舌打ちをするとめんどくさそうに部屋を出ていく。
「アルヴェイン様、寝る時もあの恰好なのかしら」
普段は長く黒いコートを着ている。
そんなアルヴェインが白いワイシャツに黒のズボンというリリーから見たらとても寝るような恰好ではない。
彼の寝間着姿も想像できないが、白い襟付きのシャツで寝るのだろうか。
しばらくするとアルヴェインは木箱とその中に布を敷き詰めたものを持って来た。
「ほら、ここで寝ろ。お前の寝床だ」
そう言ってドアの近くの床に置いた。
たとえトカゲだとしてもその扱いはあんまりだろうとリリーはベッドの上でひっくり返る。
「そんな場所嫌です。寒いじゃないですか」
「この距離が限界だ。トカゲと同じ部屋に寝ること自体だいぶ許容しているんだぞ」
青筋を立てながら言うアルヴェインにリリーは寝ながらトカゲの指で机の上をさす。
「床の上に私のベッド置くなんてありえません」
アルヴェインはため息をついてソファーの前の机の上に木箱を置く。
「ここがいいのか?」
「本当はベッドがいいですよ。人間ですからね。でも仕方ないのでそこでいいです」
偉そうに言うトカゲにアルヴェインは舌打ちをした。
リリーはのっそりと起き上がり、ゆっくりとベッドから降りてアルヴェインが用意した木箱を覗き込んだ。
暖かそうな布が敷き詰められており、居心地は悪くなさそうだ。
「ありがとうございます。寒いと体が思うように動かないんですよ」
リリーがペコリと頭をさげるとアルヴェインは眉をひそめた。
「知りたくないトカゲの情報だな。そこで寝てくれ。絶対にベッドには乗るなよ!」
念を押すように言われてリリーは仕方なく頷く。
(トカゲ姿だけど、せめてあの世への思い出にアルヴェイン様と一緒に寝てみたかったわ)
自分が死んでしまった事実を受け入れがたいが、きっと死んだのだろう。
ため息をついて木箱に入って横になり、アルヴェインを見つめた。
嫌そうな顔をしてベッドカバーをもぎ取ってソファーの上に置く。
「トカゲが寝ていたのなんかで寝られるか」
ぶつくさと文句を言っているアルヴェインに少しだけ腹が立ったが、リリーは何となくおかしくなってくる。
憧れだったアルヴェインは常に無表情で冷静な人なのかと思っていたが案外人間らしいじゃないか。
トカゲを毛嫌いしているのは悲しいが、リリーも人の言葉を話すトカゲは佐生気持ち悪いだろうと思いなおす。
(まぁ、仕方ないわよね。私もこの大きさのトカゲを見たら悲鳴を上げる自信はあるわ。でも金色で綺麗だと思うんだけれどな)
鏡に映ったトカゲ姿を思い出してリリーは目をつぶった。
鱗が金色で他のトカゲにない色合いをしている自分の姿は神々しいとさえ思えてくる。
(今日は本当、疲れたわ。起きたら人間になっているといいな)
淡い期待を持ちながらトカゲのリリーは眠りについた。




