10
ぐっすり眠ったトカゲのリリーが目を開くとすでに昼過ぎだった。
すでにアルヴェインの姿は無い。
リリーは軽く伸びをして立ち上がる。
「やっぱりまだトカゲのままだわ」
目が覚めれば人間に戻っているのではないかという淡い期待は無くなり、トカゲの手を見て絶望的になる。
ぺたぺたと歩いてドアの隙間から部屋を出て、女中に見つからないように天井を歩く。
気配を消しながらアルヴェインの執務室のドアの隙間から入り込んだ。
机の上で書類を整理していたアルヴェインはトカゲの気配に気づき、直ぐにドアを睨みつける。
「城のドアは隙間が大きいな。今度直させないと」
独り言のように呟いて再び書類の目を通し始める。
リリーは無視されたような気がしてアルヴェインの机の上によじ登った。
「アルヴェイン様、起してくれても良かったじゃないですか」
不満を言うトカゲを見つめてアルヴェインはため息をついた。
「やはり夢ではなかったか」
額を手で覆って呟くアルヴェインにリリーは頷く。
「私も夢だったらと思いましたよ。ちゃんとトカゲでした。私本当に死んでしまったんですね」
またメソメソ泣き始めたトカゲにアルヴェインも頷く。
「死んだのなら成仏してほしいものだ」
「それも酷いです、成仏できないから困っているんです。とにかく私、フェリシア姫が悪事を働いていることを証明するために証拠集めをします」
「がんばってくれ」
トカゲ姿のリリーに驚くことなくアルヴェインは書類を読んでいる。
他人事のように言うアルヴェインにムッする。
アルヴェインの近くまで歩いて腕の間から見上げてリリーはペロッと舌を出した。
「驚かないんですね」
昨日のように気持ち悪いと怯える様子の無いアルヴェインにリリーは言った。
アルヴェインはチラリとトカゲを見下ろす。
「少しだけ慣れたようだな。ただし触ることは無理だからそれ以上近寄るなよ」
「わかりました。とにかく、フェリシア姫のところに行ってきます。帰ってこなかったら探してくださいね」
この状況のままだと一生トカゲのままだ。
未練があるとすればフェリシア姫を追放することだ。
情報を集めようとリリーは決心してトカゲ姿でガッツポーズを作った。
冷めた目でトカゲを見つめてアルヴェインは頷く。
「有益な情報を得たら教えてくれ。何か証拠があれば持ってきてくれるとありがたい」
「トカゲなのに無理ですよ」
リリーはそう言って自らのお腹を手で摩る。
その様子を見てアルヴェインは眉を潜めた。
「裏側をよく見ると蛇みたいで気持ち悪いな」
「なんだかお腹がすきました。何か食べるものありますか」
「ある訳がない。幽霊かトカゲか分からんが、普通に腹が減るのか……。食うのは虫か?」
眉を潜めながら言うアルヴェインにリリはトカゲ姿なのに不機嫌な顔になる。
「失礼ですね。普通にパンとか食べたいですよ」
「その辺で盗んでくればいいだろう。虫なら外に行けば沢山いるぞ」
突き放すように言われてリリーは不貞腐れながら机から降りる。
「酷いですよ。私だって人間だったんですからね」
「今はトカゲだろう」
書類から目を離さずアルヴェインに言われてリリーはプリプリ怒りながら部屋を出た。
(酷いわアルヴェイン様。いくら見た目はトカゲでも元は人間よ)
憧れていたアルヴェインに人間扱いされない虚しさでため息をつく。
(なんでこんなことになったのかしら。間違いなくフェリシア姫のせいよね)
絶対に証拠を掴んでやるとトカゲの鼻を大きくした。
女中に見つかるとまた殺されかけないので壁をよじ登って天井に張り付いて移動をする。
仕事をしている女中たちを見下ろしながらなんとかフェリシア姫の部屋へたどり着いた。
ひんやりとした空気にトカゲの動きが鈍くなる。
(寒さで動けなくなるなんて無いわよね)
心配になりながらいつものようにドアの隙間から室内に侵入しようとしてドアが開いた。
出てきたのは城の女中だ。
引きつった顔をして部屋のドアを閉めるなり文句を言い始めた。
「フェリシア姫の態度酷いわね。足の爪の先まで磨けって言われたわよ、断ったけれど」
「私なんて顔に化粧水を付けろって言われたわよ。自分でつけろって言うの!」
(わかるわー。普通に高圧的で嫌な感じなのよね)
天井にぶら下りながらリリーは頷いた。
「アンリさんもリリーさんが亡くなったから落ち込んでしまって寝込んじゃったわよね」
「仕方ないわよ。リリーさんが姫様の命令だろうけれど宝石泥棒をしていたのならそりゃー落ち込むわよね」
侍女たちの話を聞いてリリーは目を釣り上げる。
「信じられない。私が宝石泥棒って噂されているじゃない。でも姫様が命令したんじゃないかっていうのはわかってくれているわね」
絶対に赦すものかとリリーはドアの隙間からフェリシア姫がいる部屋へと滑り込んだ。
寒い廊下とは違い部屋の中は温かい。
トカゲのリリーは一息つく。
トカゲ姿は寒さに弱いらしく、体の動きが鈍くなり眠くなってくるのだ。
「さてさて、悪魔姫は何をしているかしら」
気配を消しながらリリーは天井に張り付いて移動をする。
広い部屋の中心、暖炉の前に移動させた一人がけの椅子に座ってフェリシア姫は手紙を読んでいるところだった。
(相変わらず愛人からの手紙を読んでいるわね)
呆れながらもリリーは何か書かれていないか目を凝らすが全く見えない。
仕方なく気配を消しながら壁伝いに床へ降りて背後からフェリシア姫の椅子の足によじ登る。
フェリシア姫が腰掛けている椅子の背もたれによじ登り背後から読んでいる手紙を盗み見た。
(ここからなら内容が読めるわね)
リリーは必死になってなんとか体を伸ばした。
手紙は男性の筆跡だ。
(やっぱり愛人からの手紙だわ)
城から送られてくる物資に混じって愛人からの手紙が入っていることもあった。
一体どうやって混じっているのか謎だったが運んでくる人がフェリシア姫の息のかかった者だったのだろう。
数枚にわたる手紙は最後のページを読んでいるところだった。
リリーは目を凝らして手紙の内容を読む。
(宝石は例のものと混ぜて売り捌くことに成功しているよ。僕たちの子供が早く生まれてくることが楽しみだ。その頃にはその城で二人で暮らしているだろうね。愛しているよですって!どういうことよ)
手紙の一部を読んでリリーが困惑してしていると、フェリシア姫は手紙を読んですぐに暖炉の中に入れて燃やしてしまった。
一瞬で灰になる手紙をリリーあっけに取られて見つめる。
(証拠が残らないように手紙を燃やすなんて!自分では何もしなかったくせに、こういうことの行動は早いのね)
イライラしながら暖炉を見つめていると、フェリシア姫の悲鳴が聞こえた。
「大きなトカゲがいるわ!誰か!早く殺して」
(やばい見つかったわ)
ギャーギャーと大きな悲鳴をあげるが、運悪く姫様のそばに女中の姿はないようで誰も部屋には入ってこない。
フェリシア姫は舌打ちをするとクッションを手にして振り上げた。
「気持ち悪い!」
ドンと力任せに投げつけられてたクッションをかわしてリリーはドアの隙間から廊下へと飛び出した。




