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「私に反抗するものはみんな死ぬのよ」


 フェリシア姫のドスの利いた声が頭に響いてリリーは目を開けた。

 頭痛が酷く喉も痛い。


 (一体、何があったんだっけ)


 現実と夢の理解が出来ず天井をじっと見つめた。

 室内は薄暗くしっとりと湿っている灰色の石壁が見えてリリーはゆっくりと体を動かした。


(フェリシア姫に毒を盛られて死んだと思ったけれど、生きているわ)


 のどの痛みを感じながらもリリーは冷静に振り返る。

 最後に見たフェリシアの笑みを思い出して間違いなく殺されたと思ったが、どうやら脅しだったようだ。

 口から泡を吹いた時はもうダメだと思ったが、何とか生きているのを確認してリリーはゆっくりと顔に手を当てた。


 当てようとして違和感に気づく。


「何これ」


 低く呟いて自分の手をじっと見る。

 爬虫類のような指をじっと見つめる。

 一応指はあるが長い爪が伸びていて、明らかに人間の指ではない。

 リリーは夢なのかと何度か握ったり開いたりを繰り返した。


「動くわ」


 自分の長い爪をもった指を見てゆっくりと自分の姿を見下ろした。

 鱗で埋め尽くされている体に細長い尻尾が付いている。

 どう見ても人間ではない。

 リリーが思いつく姿は、トカゲかヤモリだ。


「嘘でしょ」


 悪夢の続きなのかとゆっくりと歩き出した。

 手を足を使い4つ足で歩くことが出来てまた絶望的な気分になる。


「嘘でしょ。これ、トカゲじゃないの?」


 何とか全身を見ようと鏡を探そうとするが、薄暗い部屋に鏡なんてものは見当たらない。

 光が差し込むこと無い部屋を見回して地下室に居ることを理解する。

 不思議と暗闇でも目は良く見える。


 リリーはぺたぺたと足音をさせながら外に出ようと彷徨った。

 大きな黒い箱の上から飛び降りてしっとりと濡れた床に着地する。


 地下室は大きな箱以外がらんとしていて他に物は無い。


「ワインを保管している部屋とは違うのね」


 リリーは呟いて痛む頭を堪えながら階段を探し当ててぺたぺたと登って行った。

 人間の足なら直ぐに登れるだろうが、一段登るのも一苦労だ。


「やたら現実的な夢ね。これが現実だったらありえないわ」


 少し冷たい石の床の感覚や、4つ足で歩く感覚などとても夢とは思えないが、現実とも信じがたい。

 リリーは誰かに確認をしたいと思い何とか地上へと降り立った。


「はぁ、はぁ、凄く疲れたわ。どうやらお城の中のようね」


 地下室から出ると、見慣れた光景へと出た。

 オルフェルス家の城の裏庭だ。


「はぁ、外が眩しく見えるわ」


 太陽の光を浴びて幸せな気分になる。

 背中いっぱいに太陽を当てて瞼が重くなりそうになりリリーはハッと目を覚ました。


「トカゲになっているからかしら、太陽に当たると眠くなるわ。そんなことより誰かに知らせないと」


 ヨタヨタと歩きながら城の中へと入る。

 元から使用人は少ないために薄暗い廊下は人の気配がしない。

 ヨタヨタ歩いていると、後ろから女中の声が聞こえてきた。


「あの!助けてください!」


 女性達が通り過ぎる前、床にはいつくばっていたリリーはトカゲの手を上げて両手を振りながら精いっぱい大きな声を出した。

 キャッキャしながら話していた若い女性の一人が立ち止まって床を見つめる。

 リリーを見つけて大きな悲鳴を上げた。


「ぎゃぁぁ、でっかいトカゲが居るわよ!」

「わぁぁぁ、本当だ!気持ち悪い!早く出してぇ」


 女性達は悲鳴を上げながら銀色のお盆を振り上げてトカゲ姿のリリーに振り下ろした。

 お盆に叩き殺されそうになり、リリーは全身の力を使って転がった。

 バァンと大きな音を立ててリリーの鼻先にお盆が床にめり込む。


「ひぃぃぃ。何をするんですかぁ!っていうか、私本当にトカゲなの?」


 悲鳴を上げつつも現実なのだと認識してリリーは涙が出そうになる。

 フェリシア姫にコキ使われたかと思ったら、宝石を盗んだ犯人にされて終いには殺されそうになって、トカゲになってまで殺されそうになって。


「絶対に許さないんだから!あの糞姫がぁぁぁぁ」


 大声で叫びながらリリーはありったけの力で再度振り下ろされたお盆攻撃から逃れようと駆け出した。

 ぺたぺたと音を立てて壁をよじ登り天井へと引っ付くとそのまま急いで女中の魔の手から逃れた。


「でっかいトカゲが逃げたわよ!」


 女中たちの悲鳴が聞こえるが、リリーからしたら命に関わることだ。

 

「しかし便利だわ。天井を歩けるなんて」


 逆さになりながらぺたぺたと歩き続けてやっと侍女待機室へとやって来た。

 絶対にアンナが居るはずだとリリーはドアを天井に張り付いたまま見下ろす。


「どうやって中に入るのよー」


 人間の姿なら簡単にドアを開け閉めできるが、小さなトカゲ姿ではドアを開けることすらできない。

 困り果てながらリリーはドアの周りを歩いて中に入れないかと確認をする。

 トカゲの小さな手で念入りにドアのふちを探ると体が入れそうな隙間が空いていることに気づいた。


「これは入れるかも」


 トカゲ姿のリリーはドアの隙間に体をねじ込ませるとするすると入っていく。

 部屋の中へと入り、一息ついた。


「とんだ目にあったわ」


 疲労感を感じながらぺたぺたと歩いて室内を見回す。

 トカゲの姿だとテーブルや椅子も巨大で見上げないと見えない。

 暖かい室内で机にうつ伏しているアンナの姿が見えてリリーは近づいて行った。


「アンナ!アンナ!大変なことになったのよ!」


 大きな声を出すがアンナは気付かないようだ。

 アンナは机にうつ伏して肩を震わせて泣いているようだった。


 リリーは様子を伺いながら机の脚を使ってテーブルの上に乗った。


「うっっ。リリー、なんで死んでしまったのよ」


 震える声で泣いているアンナにリリーの心が痛む。


(やっぱり私は死んでしまったの?嘘でしょ)


 夢では無さそうだと理解しつつ、死んでしまった事実にリリーはショックを受ける。


 (アンナがこんなに悲しんでくれるなんて)


 悲しんでいるアンナにリリーも悲しくなりトカゲの目から涙が零れ落ちた。


「アンナ、ありがとう。こんなに悲しんでくれて。でもね、私死んでいないのよ」


 トカゲ姿のリリーはそっと泣いているアンナに近づいて震えている指を手に取った。

 アンナは違和感を感じたのか顔を上げると自分の手を掴んでいる大きなトカゲを見て悲鳴を上げる。


「ぎゃぁぁ!でっかいトカゲ!」


 先ほどまで泣いていた人とは思えないほどの悲鳴を上げると立ち上がって箒を手にして振り上げた。


「出て行きなさいよぉ!気持ち悪い!」


「違うわ!私よリリーよ!」


 箒で叩かれたら死んでしまうとリリーは必死に訴えるがアンナには届かないようだ。

 アンナは振り上げた箒を振り下ろした。

 それを素早く避けて床へと飛び降りる。


「アンナ!私だってば!」


 もう一度呼びかけるがアンナは青ざめた顔で箒を振り上げた。


「キューキュー、キューキュー鳴いていて気持ち悪いトカゲね!」


 アンナは震えながらトカゲを見下ろすと箒を振り下ろした。


「ひぃぃぃ。嘘でしょー」


 箒の攻撃から逃れてリリーは侍女室を飛び出した。



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