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「昨日は最悪だったわね」
侍女室でアンナは机の上にうつ伏してぐったりとしている。
寒い中外で待たされたおかげか風邪をひいたと朝からずっと文句を言っている。
「結局アルヴェイン様が来なくて良かったわよ。フェリシア姫は伯爵に愛されているから大丈夫って言っているけれど、そんなわけないじゃない。愛していたらもっと構ってくれるわよ」
フェリシア姫の元を訪れることが無いアルヴェインを想いながら言うリリーにアンナも鼻水を垂らしながら頷く。
「王様に押し付けられたのよ。フェリシア姫の本性を知っているのは一部の侍女と王様ぐらいだものね。ほとんどの人は可愛くて性格も言い姫様って言われているのよ!ありえないわよ」
「田舎に来たって結局男を呼び寄せて遊んでいるじゃない。アルヴェイン伯爵はそれでいいのかしら」
口を尖らせながら言うリリーに鼻をかみながらアンナが笑った。
「アルヴェイン様の肩を持つわねぇ。惚れているとやっぱり違うわね」
「惚れているんじゃなくて、あんな姫様と結婚させられて可哀想だと思うのよ」
「案外裏で取引がされているのかもしれないわよ。税を免除するとか、特別になにかしてやるとか」
アンナに言われてリリーは思いつかなかったと手を叩いた。
「なるほど!それなら理解できるわ。アルヴェイン様だけは性格の悪い姫様の手にかかってほしくないのよ」
「まぁ、人はそれを恋と呼ぶんですけれどね」
イヒヒっと笑いながらアンナは盛大な音を立てて鼻をかんだ。
「リリーさん、ご当主様がお呼びです」
ドアがノックされて執事のフェルナンがリリーを呼びつけた。
「アルヴェイン様がですか?」
彼に用事を頼まれたことなど一度もなく、なぜ自分が直接呼ばれるのだろうか。
もしかして、昨日の事だろうかとドキドキしながらリリーが尋ねると白髪のフェルナンは頷いた。
「ご当主様が執務室でお待ちです」
「はぁ」
不安になりながらリリーはアルヴェインの部屋へと向かった。
長い廊下を歩き、城の中心にあるアルヴェインの執務室へと向かいドアをノックする。
すぐにアルヴェインの返答が聞こえてリリーはゆっくりと部屋のドアを開けた。
「失礼いたします。お呼びとお伺いいたしましたが」
不安になりながらも部屋に入ると、アルヴェインが机に向かって書類を整理しているところだった。
その手を止めてリリーに机の前に来るように指示をする。
「リリーはフェリシア姫の侍女になり5年ということだが、城で問題を起したことは無いか?」
「はぁ?」
名前を呼ばれたことで一瞬嬉しくなったが、まるで自分が問題を起しているような言い方をされてリリーは眉をひそめた。
そんなリリーを見上げてアルヴェインは続ける。
「城で盗品をしたことがあるか?」
「ある訳ないです!そんなことをしたら逮捕されていますよ!実家だって大変なことになるのに!」
怒りながら言うリリーにアルヴェインは頷いた。
「先日、我が城の地下室に保管していた宝石が数点盗まれた。心当たりがないかと尋ねているのだが、フェリシア姫がリリーがやったのではないかと言っていたが……」
「はぁぁぁ?フェリシア姫がそんなことを?」
自分が盗ったくせに酷いではないか。
リリーは怒りで血走った目をアルヴェインに向けた。
「いや、証拠は無いから一応事情を聞いている。宝石と代々我が家に伝わる秘伝のワインも数本無くなっている。宝石は最悪出てこなくても仕方ないがワインだけは問題だ。盗難したのなら返してほしい」
「知りません!私が盗ったってフェリシア姫が言っていたんですか?」
血走った目を見開きながら聞いてくるリリーの迫力に押されながらアルヴェインは頷いた。
「あの子は手癖が悪くてと言っていた。フェリシア姫がそのたびに取りなしたと言っていたが、こんな田舎まで侍女として付いて来るのはそう言う理由があるからではないのか?」
アルヴェインに言われてリリーはますます目を見開いた。
「そんなわけありません!私、もうここを辞めます!辛い思いをしてフェリシア姫に仕えていたのに!盗人呼ばわりするなんて最悪です!」
(信じられない!フェリシア姫!ちょっと可愛いからって図に乗って!他人に罪を擦り付けるなんてもういい加減愛想も尽きたわ!)
くるりと背を向けて足音を立てながら部屋を出ようとするリリーにアルヴェインは声を掛ける。
「どこに行く?」
「フェリシア姫にもう辞めるって言いに行きます!」
カッと目を見開いて大きな声で言うリリーに圧倒されてアルヴェインはゆっくりと頷いた。
「そ、そうか」
「お世話になりました!」
ドンと大きな音を立ててリリーはドアを閉めた。
(信じられない!フェリシア姫!自分が宝石を盗ったくせに!しかもワインまで盗んだなんて!)
怒りながら廊下を歩いていたリリーは足を止めた。
「そういえば、フェリシア姫が盗ったことをアルヴェイン様に伝えればよかったわ!愛人がいることも言えばよかった」
今から言いに行こうかと迷い、それでもリリーはフェリシアに文句を言ってやろうと再び歩き出した。
(怒りがピークの時に怒鳴りつけてやるんだから!)




