十六基目 ピラミッド
「……ピラミッド?」
自分は思わず、口から声が漏れた。
二年生の先輩たちも一斉に顔を見合わせ、信じられないという表情を関口さんへと向ける。にわかには受け入れがたい言葉に、部室の空気が一瞬張り詰めた。
その反応を待っていたかのように、関口さんはゆっくりと眼鏡の位置を直し、楽しげに口角を上げる。
「みんなは、秋田県の鹿角市にある黒又山……通称『クロマンタ』って聞いたことがあるかな?」
ざわり、と微かなざわめきが起こる。
うなずく者もいれば、目を丸くする者もいた。もちろん自分も小さく首を縦に振る。
クロマンタ……。
オカルトに関心のある者なら、知らぬはずのない名である。
『日本のピラミッド』と呼ばれる黒又山。かつて酒井 勝軍という人物が唱えた説で知られ、近隣には環状列石と呼ばれる遺跡も残る。東北でも屈指の「不思議なスポット」として語り継がれてきた。
その黒又山と片原の古墳に、どんな繋がりがあるのか……。
思わず身を乗り出し、関口さんの次の言葉を待った。
「みんな、よく勉強してるな。実は黒又山は一九九二年に調査が入っている。地中レーダーや赤外線を使った本格的なものだったらしい。そこで、どうも階段状の構造が見つかったっていうんだ。」
関口さんは指で空中に四角い段を描くようにしながら、言葉を継ぐ。
「それと同じかは分からないが……片原の古墳でも、似たような階段状の構造が確認されたらしい。要するにピラミッドを築いて、その上から土を盛った……そういう可能性だね。規模はだいぶ小さいが、従来の古墳とは明らかに異質だった。それで『世紀の大発見』と騒がれたんだ。」
「へぇ……」
驚きの声があがる。
自分も思わず息を呑んだ。まさか、そんなものが隣町にあるとは。
「それで……その古墳って、誰の墓かは分かっているんですか?」
二階堂先輩が尋ねる。
関口さんは小さく首を振った。
「それが、分からなかったらしい。……ええと、ほら、この記事を見てくれ。」
ファイルを繰ると、一枚の新聞記事を指で押さえた。
「頂上付近に小さな神社があってね。その地下に空洞が見つかった。中から石棺が出てきた、と書いてある。……で、次を見てくれ。」
ページをめくると、今度は別の記事を示す。
「石棺を調べようとした途端、発掘が突然中止になった。理由は『地下水が溢れて危険だから』だと。だが、あそこは人工物と確認された丘だ。高い位置から水が噴き出すなんて、理屈に合わないだろう?」
彼の声は徐々に低くなる。
「……僕の勘だが、公表できない『何か』が出てきたんじゃないかと思うんだ。」
「確かに……考えられますね。」
木村さんが小さく呟く。その言葉に他の者たちも頷き合った。
関口さんは口元に笑みを浮かべる。
「しかもね……ピラミッド状の構造物、頂上付近の石棺。これらは黒又山ともよく似ている。だが、本当に恐ろしいのは……」
「なるほど、それが祟りに繋がるわけですね。」
自分がぽつりと口にすると、関口さんはニヤリと笑った。
「僕が取材した限りでは……十年前の片原の心霊騒動は古墳の発掘と同時に始まっている。最初は発掘現場の周辺で、やがて町全体に広がった……。噂だが、発掘が中止になった直後には、大規模なお祓いが行われたとも聞いたよ。」
関口さんの言葉が途切れた瞬間、部室の空気は一層重く沈んだ。
窓の外から吹き込む風がカーテンを揺らすたび、それが何かの囁きに聞こえて背筋がぞくりとした。
「以上が僕の集めた情報だ。少なくて悪いな。でも、多少の役には立ったかな?」
関口さんは軽く肩を竦めてみせる。
いや、『多少』どころではない。
自分たちが追いかけてきた霧のような謎の輪郭が、今まさに形を取り始めていた。
「ありがとうございます。これでずいぶん調査の見通しが立ちそうです。……やっぱり、関口さんは凄いですね。」
木村さんが深々と頭を下げると、関口さんは「いやいや」と手を振って謙遜する。
だがその表情には、次に語るべき『まだある情報』を秘めている気配が漂っていた。
「実はね……古墳に関しては、僕よりずっと詳しい人が、この部にいるんだ。」
その一言に、部室中がざわめいた。
顔を見合わせ、「誰?」「そんな人いたっけ?」と口々に囁き合うが、誰ひとり思い当たらない。
関口さんはみんなの反応を見て、少し勿体ぶるように言った。
「それは……顧問の最木先生だよ。」
「えっ!? 最木先生ですか……?」
二階堂先輩が思わず身を乗り出す。
「僕が一年の頃、この件を調べていたときに聞いたんだ。先生は学生時代、確か大学生か院生の頃だったかな?
その時に片原の古墳の調査に実際に参加していたらしい。発掘現場での出来事も、頂上で見つかった石棺のことも、全部目にしていたって。」
関口さんは机の縁を指で叩きながら、惜しむように続けた。
「本当はもっと詳しく聞けるはずだったんだけど……僕の方が旧校舎の調査で忙しくなってね。
結局、その機会を逃してしまったんだ。
だからこそ、君たちが聞き出してみるといい。あの先生なら……『古墳の祟り』の正体にも触れているかもしれない。」
静まり返った部室に、その言葉は鈍い鐘のように響いた。
実際に現場を見た人物が身近にいる。しかも、顧問の先生。これ以上に確かな糸口はないだろう。
厚く立ち込めていた謎の霧の中に、一筋の光が差し込んだ気がした。
自分たちは改めて礼を述べる。
関口さんはにこりと笑い、「じゃあ、調査の報告を楽しみにしてる。また顔を出すよ」とだけ言い残し、背を向けて去っていった。
閉じられたドアの向こうに足音が遠ざかると、部室には再び沈黙が落ちた。
だが今度の沈黙は、不安よりも「次に進むべき道」を突きつけるような圧力に満ちていた。
「さすが関口さんですね。ここまで掘り下げた話が聞けるとは思ってなかったです。」
自分が思わずそう口にすると、川合先輩がにやりと笑った。
「ああ、面白い話だったな。やっぱり只者じゃないわ。」
白石先輩が腕を組み直し、木村さんに向かって問いかける。
「それで……木村。これからどう動く? やっぱり最木先生から直接聞いた方がいいんじゃないか?」
みんなの視線が木村さんに集まる。しばし沈黙が落ちたが、先に口を開いたのは二階堂先輩だった。
「でも先生、いま育休中じゃなかったか? 奥さんの具合が悪いとかで……」
木村さんは小さく頷き、少し考えてから言った。
「そうだったな……。でも一応、連絡は取ってみるよ。お見舞いを兼ねてなら、不自然じゃないだろうし。都合がつけば、きっと話してもらえるはずだ。」
「訪問する日が決まったら、また知らせるよ。」
木村さんはそう言ってから、ふとこちらへ視線を向けた。
「ところで今日は、椿ちゃんと幽子ちゃんは来てないのか?」
「幽子なら椿ちゃんを連れて、新聞部の方に行きましたよ。新見さんと合流して、地図を作るって言ってました。」
「ああ、昨日言ってたやつか。新聞部の情報を地図にまとめるって……。彼女も随分頑張るな。」
木村さんはそう呟き、それから少し意味ありげに目を細めた。
「ところでしんいち……昨日、椿ちゃんと喧嘩してなかったか? 帰り際、彼女ちょっと機嫌悪そうだったけど。大事な時期だ、仲間割れはやめてくれよ。」
釘を刺されて、思わず肩をすくめる。
「……はい。」
気まずい空気が一瞬流れたが、誰もそれ以上は触れなかった。
……そして翌日。
新見さんの口から、思いもよらぬ情報が告げられることになる。




