04.無人スーパーの探索(2)
1階は主に食品売り場。
パン屋や、イベントスペースもある。イベントは空っぽだったので、目指すは食品売り場だ。その性質上、高い棚が並んでいるのであの着ぐるみに目視され辛いからである。
落ち着いたところで一つ試したい事がある。
――《ゲート》の使用だ。これで外に出られるのならば拍子抜けではあるが、それで構わない。つまらないアノマリーだったな、で終わりである。
魔法を使用――するも、魔力の吸い上げは行われなかった。
「失敗。魔力を捨てなかったのはよかったかな」
そもそも魔法が発動しなかったので、魔力の吸い上げも無かったという訳だ。
では次、あの着ぐるみと対峙した時の為に何か武器を調達したい。魔力は有限で、回復には時間がかかる。
出会い頭に魔法を放つのは、魔法の仕様上難しい。どうしても一瞬の時間稼ぎが必要となるが、前に立って足止めをしてくれるような人間はこの場にはいない。であれば、自分で時間を稼ぐしかないのである。
食品売り場に到達する。この食品達は口に入れても大丈夫なのだろうか。
食事は最終手段として、レジにあったパイプ椅子を回収した。これは便利だ。殴りつけることも、対象と自分の間に置くことで簡易的な盾にもなる。ちょっと重いけれど。
急な襲撃に対応する為、食品売り場の高い棚の陰に身を潜める。少し休憩して、安全が確認できたら出口を探そう。まずは周辺の情報収集だ。
「……!」
カツンカツン、という一定のリズムを奏でる足音を拾う。
着ぐるみとは異なる足音だ。何せ、奴は布と綿の塊。足音の質がまず違う。今聞こえているのはブーツの――それもヒールが付いていないタイプの足音である。
何にせよ遭遇するべきではない。
相手の姿を視認し、避けるか接触するかを考える方が安全だ。
ただ――
カツン、と足音が徐々に近づく。それに応じ、見つからないように退避するを少し繰り返して分かった。
徐々に食品売り場の角へ追い詰められている。この足音は追い込み漁のストイックな方法に過ぎない。足音の主は自分以外の存在が近くにいると既に気付いているのだろう。
――どこかで応戦するしかない。
このままでは相手の思い通り、追い詰められた状態で相対する事になる。思うつぼという訳だ。
相手の思い通りに動くのは危険だ。ここで待ち伏せして、近付いてきたらパイプ椅子で殴打、魔法で追撃――現実的なプランとしてはこうだろうか。
足音が近づいて来る。まるで対象の位置を分かっているかのようだ。
棚の陰から靴の爪先が見えた――瞬間、小鳥は躊躇いなくパイプ椅子を現れた人間に対しフルスイングした。こういうのは思い切りが肝心なのである。
「オワァッ!!」
思ったより人間らしい悲鳴。
同時に小鳥が持てる渾身の力で振るったパイプ椅子のパイプ部がそれに捕まえられ、全く動かせなくなる。
「び、吃驚するじゃないか! ……はっ!? いや、あのー、やあ、一般人……かな?」
頭の位置は小鳥の頭の1.5個分程上。渋めの声に似合わないセリフ。
20代後半くらいの男性はカジュアルなスーツのような服を着ている。黒い長髪を一つに束ねており、アンバーの瞳を持っている――そして胸元のポケットにオーダーの社員証をぶら提げていた。
オーダーとは――都市の治安維持組織。こういったアノマリー事件の解決にも奔走する。好意的に解釈するなら空間アノマリーに取り込まれた学生を救出しに来たのだろうが、あまりにも早過ぎて少しばかり疑わしい。
「痛い……」
パイプ椅子を受け止めた右手をわざとらしい涙目で見下ろす男に視線を移す。
明らかな人間を殴ってしまったのは事実なので、この場を収める為に謝罪の言葉を口にした。
「――……すみません。不審者、というか不審な生物かと思って」
「えぇ……? 酷いなあ、しくしく」
――こいつもしかして面白いのでは?
泣き真似が下手糞すぎる。しかも厳つい。家に鏡はないのだろうか。間違ってもその仕草で憐憫は誘えない風貌だろう。
ごほん、と自分で始めたのに自分で仕切り直した男は自らの胸元にある社員証を指さした。
「こんにちは。僕はヴィンス・ウォーカー。見ての通り、オーダーの職員だ。ここへは空間アノマリーに巻き込まれた子を助けに来たのさ!」
「随分とその……お早い救出でしたね」
「当然だろう? 何せ――僕もアノマリーに巻き込まれたからね!」
――お前も巻き込まれたんかい。
頭の冷静な部分が極めて適格なツッコミを入れるも、目の前の男は赤の他人なのでギリギリ口にはしなかった。
「ところでその制服は……分かるぞ! ハイエストの制服だろう?」
「ええ。そうです。私は守田小鳥。どうぞ、小鳥と呼んでください。気に入っているので」
「え? ああ、そう……?」
ちなみに守田小鳥という名は偽名である。可愛いので気に入っているが。
金持ちの令嬢というのは、とかくトラブルを引き寄せる。これもまた、防犯の一環なのだ。
オーダー職員、ヴィンスは少しばかり何か考える素振りを見せると次の瞬間にはフレンドリーな笑みを浮かべた。
「小鳥嬢、よろしく。僕も巻き込まれた被害者とは言え、オーダーとしての職務を果たそう。一緒に外へ出るとしようか」
「はい。よろしくお願いします」
オーダーはアノマリー対策の専門家だ。彼の技量は存じ上げないが、一人であれこれするより彼の指示に従った方がいいだろう。
思わぬ幸運だが、今日はどうなっているのだろうか。運の振れ幅が凄まじい。




