02.放課後の用事(2)
***
下層エリア。
下層だの中層だの、誰かが正式に決めた呼び名ではないがいつの間にかそう呼ばれるようになっていた。言い得て妙ではある。
都市の貧富の差というのは非常に激しい。
小鳥自身は自覚が出来る程にお嬢様である為、何か言えた立場ではないが。下層というのは所謂、人が住めるような場所ではない。
何か災害が起きた時、最初に被害を受ける場所だ。勝手に住み付けばいいので、家賃はゼロであるが。
貧困問題について思いを馳せていると、頭の上で轟音が響いた。
電車が通過した音である。目の前には下水が流れており、上も下もコンクリートに覆われた状態の為、光は入って来ない。湿度は高く、どことなく圧迫感も強い――居住非推奨、これが下層である。
環境は最悪、事故や災害に遭えば最初に被害を受けそして何より――人間の質。
歩みを止めない小鳥の視界に3人組の男達が写る。
当然、彼等も珍しい通行人に気付いており、その顔はニヤニヤと下卑た笑いを浮かべていた。
――今日は……賭けに負けてしまったかな。あまりここで人と会う事はないのに。
向こうはこちらに興味津々ではあるが、生憎とつまらない人間にこちらとしてはまるで興味が無い。話し掛けられても面倒なので無視して通り過ぎようとしたが、やはりそうもいかなかった。
「あれ? それもしかして、上のガッコーの制服じゃない? きみ、学生?」
「学校に通ってるってことはいいとこの女ってこと? こんな所に何しにきたの?」
「え、なになに? もしかして欲求不満とか? こんなとこにくるなんて、そういうことだよね~」
「え、待って、ちょっといい匂いしない? かーっ! 俺等が下水でシャワー浴びてる上で、いーいシャンプーとか使って使用済みの水を垂れ流してるってわけか~!!」
「一緒に行こうよ、あ、おもしろい店とか知ってるよ?」
――下層に勝手に人が住み付いている事について。誰もが知っている事実だ。このあからさまに貧しくて頭も悪く、状況を改善できない弱者が何故放置されているのか。
この態度を見れば一目瞭然だ。手を差し伸べようと言う気分がまるで湧いてこない。
この一部の権力者の気分と欠片の慈悲で運営される都市で、あらゆる人間に嫌われるかもしれないという客観視もできない、言ってしまえばいてもいなくても問題のない弱者。何なら害があるのでいない方がマシ。
救いたい形をしていない、それに尽きる。
稀に夫に捨てられたか弱い母子などが流れつくこともあるが、こういった連中がはびこる下層では長生きできず、結果としてこの「まあこいつらは……放置でいいか」、みたいなのが残ってしまう悪循環。
視界の端で、男の一人が手を伸ばしてくるのが見えた。
無視していたかったが、やはりそうもいかない。
「――《ヘデイク》」
指定した対象に頭痛を引き起こす、名前の通りの魔法。それを手を伸ばしてきた男へとかける。
余談だが、都市に住む7割の人間は魔力を持たない。
《ヘデイク》は使用者の魔力量と対象の魔力量に開きがある程、強い効果を発揮する魔法だ。
絶叫。
トンネルのような構造をしている下層に、男の悲痛な叫び声が反響する。立っていられなくなった男が汚れた地面に転がり、のたうち回りながら胃液のような物を吐き出した。
下層の恐ろしいところはこれだろう。これだけ叫んでいるのだから、近くの施設や或いは地下通路で繋がる中層の下には騒ぎが聞こえているはずなのに誰も助けになどこない。繰り返すが、都市の治安は非常に悪いのである。
残った2人の男へ目を向ける。
「ひっ……こ、こいつ魔力持ちだ!」
「行くぞ! このバケモンが!!」
何をするでもなく、平気で仲間だかお友達だかを見捨てて逃げ出してしまった。その脱兎のような逃げ足だけは称賛に値する。下層で逞しく生きているだけはある健脚だ。
――ここを進んだら後は上に戻るだけ。ちょっと時間を食ってしまったかな。
倒れている男をそのままに、小鳥は歩みを再開した。
程なくしてスーパーの地下入り口に到着する。このスーパーは下層と中層に跨っており、地下部は下層だが1階に上がれば中層という構造をしている。とはいえ、このスーパーが特別という訳ではなく、こんな建物はザラにあるが。
このスーパーから2階へ上がる事によりショートカットは完成する。1階ではなく、2階から出る必要があるのが都市のイカレた構造を物語っていると言えるだろう。
珍しくエレベーター前に人があまり並んでいないので、ありがたく使わせてもらう。丁度、ドアが開いていたというのもあるが。
ぞろぞろと自分を含め5名程がエレベーターへと乗り込んだ。
動き出したエレベーターが1階で止まる。乗っていた客が全員下りた。実に珍しい。が、スペースが確保できてラッキーだったと深くは考えなかった。どことなく違和感はあったけれど。
再び動き出したエレベーターだったが、ふっ、と電源を落とすかのように一瞬だけ内部の電気が落ちる。
「何……?」
その一瞬だけですぐに明かりは復旧した。同時、目当ての2階に辿り着いた為、エレベーターを降りる。
「……? ……あれ……?」
ここで小鳥は本格的におかしな事が起こっていると知覚した。
というのも降り立った2階には人の姿がまるでなかったからだ。客だけではない。レジも無人だし、辺りに店員の姿も全くない。
館内には聞いた事もないようなノイズまみれのスーパーオリジナルソングのような、独特なフレーズの音楽が流れている。不思議と歌詞が上手く聞き取れない。
そしてこれに関しては体感、或いは小鳥自身の感想ではあるが――止まって淀んだような空気。冷房の風は頬に当たっているのに、まるで空気が動いていないかのような圧迫感が身体を締め付けるかのようだ。




