01.放課後の用事(1)
ハイエスト魔法学園、2年生。特殊クラス。
それが現状における守田小鳥の肩書きである。要は女子学生。特筆すべき点を挙げるとするのならば『特殊クラス』という、通常とは異なる意味合いのクラスに配属されているくらいだろうか。
床はふかふかの絨毯が引かれ、恐らく本来は黒板が鎮座しているであろう教室の正面には仰々しい電子黒板なるものが鎮座している。ちなみに椅子は大企業のオフィスにあるようなお尻の部分がふかふかのやつだ。とても学生に提供するような代物ではない。
そうこの特殊クラスは――所謂、ボンボンだの令嬢だの庶民が嫌う人間が寄せ集まったできたクラスなのである。
「小鳥、暇だからどっか行かなァい、金曜日だし? 気が狂いそうだワ」
5人しかいないクラスメイトの一人、ベア・グリズリーがそう言って肉食獣もかくやという鋭い眼光をこちらへ向けた。
現在は放課後であるが、ベア以外のクラスメイトは早々に教室を去った為、自分と彼女の二人きりである。
なお、ベアとは幼馴染にして親友であり基本的に彼女の誘いを断る事は無い。
何せ彼女は面白い女。癖もかなり強いものの、放課後の退屈な時間を吹き飛ばすパワーを持っているのだから。
が、しかし残念な事に今日は用事がある。
「ごめん、今日は実家の手伝いがある」
「……!? ……ッ!?」
ガタン、と大きな音を立ててベアが椅子から立ち上がった。とても信じられない、という顔で小鳥を二度見し、たっぷり数秒後にようやく口を開く。
「え!? い、今このアタシの誘いをことわ……え!?」
「悪いね」
「お、お……お……お役目、ってコト!?」
「ちょっと生家で面倒事が。どうせすぐ片付くとは思うけどね」
「……。……ふん、このアタシの誘いを断るなんて無礼が許されるのはアンタだけよ」
「知ってる」
――こういう所が本当に面白いんだよね。
ただ彼女の面白人間ショーはまだまだこれからである。ベア・グリズリーという人間が幼馴染でも親友でもない赤の他人にどのように振る舞うのかを知ってからが本領である。
彼女の面白さを語り尽くすには時間が足りないので割愛するが、これ以上は引き留めても無駄と悟ったのだろう。盛大な溜息を吐いたベアは渋々と言った様子で鞄を手に取った。立派な革の鞄だ。
「マァ、いいわ。来週は空けておきなさい。このアタシがそう言っているのよ」
「おけ」
もう一度恨みがましく盛大な溜息を吐いたベアは教室から出て行ってしまった。本当にこの後の予定はなく、クラスメイトとどこかへ出かける予定だったと見える。惜しむらくは日中のどこかで相手の予定を確認しなかった傲慢さか。
ともかく、用事を済ませなければならない。
小鳥は財布やら何やらが入った鞄を手に持ち、教室を後にした。なお、学園の制服を着たままである。いくら金持ちとはいえ、学園のルールはルール。長期の外出でないのならば外出は制服を義務付けられている。治安が悪いので何かあった時、周囲の人間に目撃情報を募る為だ。学園生徒など大なり小なり金持ちなので、人攫いだのなんだののトラブルは最早日常茶飯事である。
そして肝心の予定についてだが、これから向かうのは都市の内部にある桜街。鳥守神社である。
桜街は小鳥のような極東出身の人間が集まって生活している街だ。極東人は圧倒的に人数が少ない為、仲間意識が他と比べてやや強めなのである。
鳥守神社で何をするかと言えば、とある業者と会って解決して欲しい事柄の説明をする。そのパイプ役を承ったという訳だ。
学園の門を出て、外へ足を踏み出す。
眼下に広がるのは多種多様な継ぎ接ぎ摩天楼。学園は上層にある為、下の様子がよく見える。
四方は海に囲まれたおよそ島と呼ぶにふさわしい面積の上に、絶妙なバランスで建つ建設物群。居住スペースも、施設も、歓楽街でさえ全てをあべこべに詰め込んだこの都市には人類の希望が灯る。
およそ80年前の大災害により、陸の大半は海へと沈んだ。この広いが小さい土地は水没を免れた為、そこに生き残った人間が寄り集まって都市を造った。
土地を増やす事が叶わなかった為、生き残った人類は都市を横ではなく上へ上へと延ばした――
それがこの光景に至った理由である。
都市構造は複雑で、自身の行動範囲以外の細かい道を完全に理解するのは不可能だ。迷子になれば絶望的だろう。何とも滅茶苦茶な都市である。
そしてそうなってくると、これからの予定で最も難解な問題となるのは――
「どのルートを通って神社まで行こうか」
これに尽きる。
現状で思いつくルートは3つ。
案1。魔法で直接、鳥守神社まで自身を転送する。
《ゲート》とは行ったことのある場所に魔力を支払って自分を移動させる魔法だ。これについては最も安全な移動方法であり、最速で目的地に到着できる手段である。が、この後他に魔法を使う可能性があるので魔力を消費するのはよろしくない。
《ゲート》は便利な魔法だが、消費する魔力はそれに見合う重さがある。移動の為に自衛の手段を捨てる訳にはいかない。
案2。電車に乗って正規ルートで向かう。
都市での移動手段は徒歩と電車の二択だ。大災害前の世界には電車の「電」を抜いた車なる乗り物があったそうだが、話を聞くに都市の狭い道を走るには大きすぎる。故に決められたルートしか通らない電車のみが採用された。
当然と言えば当然だが、どの電車も人間がすし詰め状態だ。絶対に乗りたくは無いし、桜街までの電車は本数が非常に限られる。安全なルートではあるが、業者の方が先に鳥守神社へ到達してしまうかもしれない。
――というか、怠いし狭いし何だか臭い。なるべく乗りたくない……。
案3。下層を通ってショートカットし、徒歩で向かう。
学園は上層にある。一度、下層まで下りて道なき道を進むルートだ。これは本当に早く着く。全ての建物を無視して突き進むのだから当然だ。
が、下層の治安は想像を絶する程に悪い。
人間の総数も少ないが、下層で人間に出会えば間違いなく絡まれるだろう。ここを通るのなら身の危険を覚悟しなければならない。トラブルに見舞われる可能性は五分。
――下層ショートカットで行こうかな。
下心はある。業者側は時間指定通りに到着するだろうし、早めに解散すればまだベアとお茶する時間が残るかもしれない。我々は寮生だ。帰る場所は同じなので、寮のカフェで会えばいいのである。
帰りは魔力さえあれば《ゲート》でいいのだから、割と現実味のあるプランと言えるだろう。
では、ルートも決めたしいざ出発。迷っている時間が長いのはいただけない。




