十一話
ミアが襲われた翌日。
王都ギルドは、いつも通りだった。
依頼票の前で言い争う冒険者。
酒場で笑う連中。
受付に並ぶ客。
何も変わっていない。
――変わっているのは、四人だけだった。
「おはようございます」
レインが入ってくる。
手には黒パン。
ガレスが顔をしかめる。
「なんで戻ってんだよ」
「安かったので」
「昨日のこと覚えてるか?」
「はい」
「なのに黒パンか」
「大事なので」
ミアが小さく笑う。
弱いが、確かな笑い。
エリシアは壁際で立ったまま。
完全に戦闘態勢。
「今日は外に出るな」
「はい」
レインが頷く。
「来ます」
短い言葉。
空気が少しだけ重くなる。
その時だった。
外の音が、薄くなった。
馬車の音。
人の声。
全部、少しだけ遠い。
「……来たか」
ガレスが低く言う。
周囲の冒険者は気づいていない。
笑っている。
飲んでいる。
何も変わらない。
「閉じ込められてるわけじゃないです」
レインが言う。
「ここにいるって、認識されてないだけです」
ミアが息を呑む。
扉の外を見る。
人はいる。
だが、誰もこちらを見ない。
「長くは持たないです」
「根拠は」
エリシアが問う。
「薄いので」
「だから何の話だ」
ガレスが苛立つ。
その瞬間。
ギルドのランプが一つ、消えた。
ふっ、と。
また一つ。
また一つ。
暗くなる。
「おい、火!」
冒険者が騒ぐ。
だが、それだけ。
危険だと認識できていない。
ギルドの扉が、音もなく開いた。
白い影が立っている。
一人。
二人。
三人。
白い布で顔を覆った者たち。
だが——
“薄い”。
そこにいるのに、輪郭が揺れる。
視界の端で見ると消えそうになる。
「見えてますか」
レインが言う。
「見えてる」
エリシアが答える。
「なら大丈夫です」
「何がだ」
ガレスが吐き捨てる。
白い影が動いた。
速い。
だが直線じゃない。
“視線の外側”を滑る。
ガレスが踏み込む。
剣を振る。
確実に当たる。
そのはずだった。
だが——
ズレた。
「……は?」
斬撃は当たった。
確かに当たった。
だが、位置が違う。
狙った場所じゃない。
わずかに外れている。
「……何だ今の」
エリシアが踏み込む。
今度は首。
確実な一撃。
だが——
当たった瞬間、軌道が変わる。
首を斬るはずが、肩に逸れる。
「……当たってるのに、手応えがない」
低い声。
異常を理解した声。
白い影は止まらない。
何事もなかったように動く。
ミアへ。
「しゃがんでください」
レインが言う。
ミアが反射で動く。
針が空を切る。
ガレスが殴る。
直撃。
だが——
軽い。
「軽すぎる……!」
吹き飛ぶ。
だが倒れない。
すぐに立つ。
壊れていない。
「……これ、本体じゃないです」
レインが言う。
軽い声。
ガレスが叫ぶ。
「じゃあ何だよ!」
「触れてる場所が違います」
「意味が分からねえ!」
「たぶん、ずらしてます」
エリシアが理解する。
「位置を?」
「はい」
レインは頷く。
「当たる場所を、少しだけ変えてます」
白い影が一斉に動く。
三方向から。
同時。
エリシアが一人止める。
ガレスが一人弾く。
残り一人が——
レインへ。
針が伸びる。
止まらない。
避けられない。
だが。
「そこ、違います」
レインが言う。
それだけ。
針がズレる。
わずかに。
空を切る。
白い影の動きが止まる。
初めて。
完全に。
その奥。
白い布の男が立っていた。
輪郭がはっきりしている。
“本体”。
目だけが笑っている。
「……観測対象」
低い声。
レインが首を傾げる。
「人違いでは?」
沈黙。
白い布の男の目が細くなる。
「修正する」
短い言葉。
その瞬間。
白い影たちの動きが変わる。
ズレが大きくなる。
斬撃が当たらない。
拳がすり抜ける。
「ちっ……!」
ガレスが舌打ちする。
「当たらねえ!」
「当たってます」
レインが言う。
「ただ、違う場所に」
「だからそれが分からねえ!」
エリシアが一歩下がる。
「時間を稼ぐ!」
「了解だ!」
だが——
レインは一歩前に出た。
「面倒ですね」
軽い声。
その瞬間。
空気が沈む。
ほんの少し。
だが確実に。
ランプが、一斉に点いた。
光が戻る。
影の輪郭が固定される。
ズレが、止まる。
「そこだ!」
ガレスが叩き込む。
直撃。
今度は重い。
白い影が崩れる。
エリシアが押さえ込む。
もう一人も同様に。
白い布の男が、それを見る。
「……なるほど」
低く呟く。
「固定したか」
「明るい方が見やすいので」
レインが言う。
白い布の男が、わずかに笑う。
「興味深い」
次の瞬間。
白い紙が舞う。
黒く変わる。
煙のように広がる。
「逃げるぞ!」
ガレスが叫ぶ。
「追わない方がいいです」
レインが言う。
「またか」
「はい」
「理由は」
「戻ります」
その直後。
外の音が戻る。
人の声。
馬車の音。
ギルドの外と、再び繋がる。
白い影は消えた。
何も残らない。
倒れていたはずの影すら、ない。
冒険者たちが騒ぐ。
「何だったんだ!?」
「火が消えただけか!?」
誰も分かっていない。
レインたち以外は。
ミアが震える声で言う。
「……終わったんですか」
「はい」
レインが頷く。
「今日は」
ガレスが吐き捨てる。
「“今日は”な」
「はい」
ミアが小さく言う。
「……また来ますか」
レインは少し考える。
そして答える。
「来ます」
即答。
「僕がいる時に」
空気が止まる。
エリシアが低く言う。
「やはりな」
「測られてます」
レインが頷く。
「強いですね」
ガレスが笑う。
「嬉しそうに言うな」
「難しいので」
レインは黒パンを見る。
「冷めました」
「そこかよ!」
ミアが小さく笑った。
震えながら。
それでも。
確かに笑った。




