その15 思いがけない再会
(15)
ロダンの日常がフル回転し始めている。もう大晦日も近いから暇なしだと言われても尤もなのだけど、しかし大晦日の用入りに加えて忙しいのは――『薔薇』の為かもしれない。
クリスマスが過ぎれば、日本の社会は一気に大晦日という渦に巻き込まれるように動いている。それは人の気分というのがまるで大台風の目に吸い込まれるような、そんな勢いの為だろう。そんな大尉風の目の中をロダンはぐるぐると風車が回るように、自転車を漕いでいる。
何処へ向かって漕いでいるのか?
道行く知人が縮れ毛を冬風に靡かせ、走るロダンに問えば、彼は言うだろう。――大阪中津駅前にある商店街の古書店『蜥蜴堂』と。
年の瀬だというのに、『蜥蜴堂』は閑散としている。格子越しの窓ガラスから店内を除くと、以前ロダンが訪問した時のような無数の書籍が床に放り出されていた乱雑さは無く、きちんと書棚へ整理整頓がされており、目を見張るような、一流の古書店の趣を見せていた。
(驚いたな…)
ロダンはまた以前の様に所狭しに並んだ古書の波を潜ってゆかねばならぬかと思っていたから、この変貌ぶりには驚かされた。
ガラリと音を立て、ロダンは店内に入り込む。どうも奥に人の気配がある。
(来客かな?)
ロダンは少し間を作るように諸本へ目を遣りながら、背を丸めた。面前に並ぶ書籍がある。どうも幾つかのある分野に関する本用だった。何気にその一冊を取り、開く。数頁捲りながら、声がする方へ耳を向ける。
二つの声がする。
一つは此処の店主興梠轆轤の声だ。そしてもう一つは若い女性の声だ。二十代女性の声だろうか。なにやら店主が相談を受けているのか、対応している声が聞こえてくる。
ロダンは待つことにした。自分もまた轆に聞きたいことがあって来たのだが、まずは先客が優先だ。
ロダンは開いた頁に目を落とす。それから文字を追うように視線を動かしてゆく。
…坊主やねん、その人。
女性の声が、轆轤に飛ぶ。ロダンは気にせず、頁を捲る。
…そう、でも今は少し毛が伸びてるかも。
(毛がねぇ…)
ポリポリと頭を掻くロダン。
…もしかしたら自転車がすきかもしれん
(ほう…)
内心、ロダンの中で声が出る。
…お父さんの知り合いやねん
(そうなんだ、お父さんのねぇ。どんなお父さんかな)
ロダンが頁を捲り、鼻を擦る。
…そう、財前です。お父さん
瞬間、ロダンは思わず顔を上げた。そしてえっという顔で奥へ顔を覗かせた。その時、興梠轆轤と目が合った。そしてロダンの顔を見るや、轆轤がニヤリと笑う。
「ならお嬢ちゃん、あんたの探し相手は其処にいる四天王寺ロダンに間違い無しやな」
そういわれて女性がロダンの方を振り返った。振り返る女性の顔が驚きから、やがて柔らかな笑顔になった。勿論、それは互いに同じだ。ロダンもまた、同じ反応を見せた。
そして満面の笑顔で互いが名を呼んだ。
「ロダンちゃん!」
「志穂ちゃん!」
言うなり互いが距離を近づけると、何とも言えない気持ちのまま、自然とハグをする。
「会えてよかった!」
腕を離して志穂が言う。
「僕もだよ!志穂ちゃん」
そう、ロダンが『志穂』と呼んだこの女性は財前先生の娘である。そしてロダンが再会するのは九州の失恋旅行で立ち寄ったあの事件以来であった。
轆轤が咳ばらいをすると、ニヤリと再び笑ってロダンへ言った。
「何や君は、色んなところに君を想う人がいるんやな、あっはっは」
言ってから轆轤は再会を喜ぶロダンへ声を掛けた。
「それでどうするロダン君よ。儂との用事を先にするか?それともこの娘との用事を先に終わらすか?なんでもこの娘さん、夕方の新幹線で博多まで行くらしい。まぁどちらでもいいがな、儂は――あっはっは」
ロダンは轆轤の声を聞きながら志穂を見る。出会った頃はまだ高校生だった彼女も随分、大人びている。父親の財前先生からは神戸の大学に通っていると聞いていたから、きっと此処迄足を運んできてくれたのだろう。
ロダンは志穂の少し顔を見ると、時刻を見た。昼を少し過ぎている。ロダンは視線を志穂に戻すと言った。
「ねぇ、ご飯を食べよう。商店街の入り口に小さいカレー屋さんがあるんだ。そこに行こう。あっ、轆轤さん、そこで食事が終わったら此処に戻ってきます。その時にまた!」




