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その14 明察なブラックアフリカン

(14)




「以前、盗人が家に入ってね。その時の侵入経路がこの狭い道でしょ?だからセンサーを取り付けた方が良いと刑事がいうもんだから取り付けてたのよ」

 女医が診察室でロダンと燕を前に足を組んでいる。

「たまにセンサーが反応するのだけど、それは野良猫だったり、野生のテンだったり。だから暫くは無視してたんやけど、さっき反応したのを見れば人間じゃない」

 言うと女医が細い指先を差し出して二人を指差す。

「それも一人は閻魔さんに、もう一人は…」

 言い淀んでいる女医にロダンが頭を掻く。

「四天王寺ロダンっす」

「あー、そうそう」

 思い出したように頷く。

「四天王寺ロダン君ね、坊主の」

「いや、あれはあの時までの演技で。今はこうして普通の庶民です」

 ほう、と女医が言うと後ろに束ねた髪をポンと手で撥ねて、ロダンへ前かがみになって言う。

「普通の庶民?その庶民が人んちの敷地に入り込んで何をしでかそうとしたのか」

 言われてロダンが頭を掻く。掻いていやぁと言うと、頭を下げた。

「すんません。ちょっと調べ物があって、閻魔さんの案内で来たのです。閻魔さんと一緒なら治外法権かと思いまして」

 言われて閻魔が素っ気なく言う。

「そんな事、一言も言ってないわ」

 その素振りに何とは無い嫉妬がある。

 それはロダンの一挙一足が気に入らないからかもしれない。

 ロダンは梯子を下りて女医を見るや、しどろもどろなのである。まるで自分と対峙する振る舞いと違うところが、散見されている。

 なんや、こいつ――そんな気分が先程からしていたから口調に出ているが、然しロダンは気づかない。

 自分の行為で探し物に巡り合えたというのに、感謝もなく、まるで面前の美しい女にデレデレである感が拭えないのだ。

 …腹が立つ、それ以外にない。

 燕は足を組んでプイと視線をロダンから外した。外した先に『岩窟の聖母』が見えた。

 この絵画だが、燕の閻魔帳に書かれている限り本物ではないというのは分かっている。分かってはいるが、では誰が書いた習作なのかということまでは知らない。閻魔にも知らないことがあっても、別に良い、そんな程度の絵画だ。

「調べ物って?」

 女医がロダンへ訊く。

 見つめる眼差しにロダンがもじもじしているのが気配で分かる。

(阿呆が)

 思わず舌打ちした。

(帰るか)

 そう思って腰を浮かそうとした時、ロダンの声がした。

「はい――『薔薇』です」

 その声はもじもじしているロダンの声では無かった。いつも自分と対峙している時に見せる、知的好奇心が溢れている聡明な人物の声だった。

 視線を外していた燕がロダンを見返す。

 ロダンは軽く縮れ毛を欠いている。その髪を掻く指が止まると、ロダンはじっと今度は女医を見た。まるで女医をモンタージュして解析するような、そんな観察者の眼差しで。

「ちなみに先生は――純潔の日本人ではありませんよね?」

 ロダンは断定的に言う。その言葉に燕が思わず、女医を見た。見たが、ロダンがそう思うようなところは見えない。どこにそのロダンだけが辿り着いた答えがあると言うのだろう。

 燕は思わず、音を立てず唾を呑み込んだ。その答えを導き出した知性を邪魔しないように。

 やがて女医がへぇと言いながら足を組みなおした。ルージュが塗られた唇が開くと、ロダンへ言った。

「正解。良く分かったね。私はドイツとのクォータと言っていいかな。だから苗字は『明神』だけど名前は『リサ』とカタカナなの」

 言うと頬杖になり、女医――明神リサはロダンへ聞いた。

「良く分かったね。どうして?」

 ロダンは。ははっと笑うと髪を掻いて首をぴしゃりと音を立てて叩いた。

「いえ、ずっとね、蛍光灯が先生の眼を照らすのですが、どことなく茶色というか黒ではなくて、どこか薄い水色が浮かんだり消えたりするんで、もしかしたらと思ったのでありんすよ」

 最後は役者言葉なのかどこかの方言なのか、兎に角もロダンは自分の推察を簡潔に述べた。

 思わず燕が視線を女医に向ける。その視線が女医と交わる。

 蛍光灯のライトが女医の目を照らす。照らせば、確かにロダンが言うように薄く水色に見得なくもない。

 普段なら何気なく見落としているだろう小さなことを、ロダンは瞬時に観察をしたのか、それとも自然と訓練されているのか、どちらにしてもそう答えを導き出したのだ。

「どう、閻魔さん?見える?水色?」

 女医が笑い出す。

 燕は素直に頷いた。頷くとロダンを改めて見る。いや、見直したという方が正しいかもしれない。

(…こいつ、やるなぁ)

 帰ろうと浮かした腰は既に椅子に戻っている。

 いや、何かの重さを乗せられた様に、今はもう動かない。動かさない何かがあるとすれば、それはロダンが今垣間見せた――奥深い何かを覗き込む知性かもしれない。

「カラコンだとは思わなかった?」

「ええ、まぁその辺は直観ですが、仕事柄する必要がないだろうと」

 ロダンは即答する。

 笑っていた女医が今度は、ロダンを指差す。

「成程ね…で、それはそうだけどロダン君、あなたもそうでしょう?その縮れ毛、中々日本人離れの種類の毛と量よ」

 今度は違う意味で――燕は驚いた。思わずロダンへ振り返る。ロダンは照れるように頭を掻いている。表情に何かを知られたかのような照れが浮かんでいた。

「へぇ、やっぱりお医者さんには分かるんですね。そうです、僕の曾じいちゃんは実はブラックアフリカンなんすよ。だから子孫である僕はこの毛量。でもね、僕自身は母の顔写しでそっくりだから、全く顔は日本人。でも妹はアフリカンのような容姿をしてましてねぇ。曾じいちゃんの遺伝子は殆ど妹に持っていかれてしまいました。まぁこの毛と身長だけが、僕が頂いた遺伝子ですかね」

 言うなり、アハハと笑い出す。

 その笑う姿を見て燕は突っ込んだ。

(アフリカンなんて嘘やろ!どこから見ても純粋な日本人やんけ!)

 笑うロダンへ女医が、言葉を続ける。

「じゃぁ聞くけど、――その『薔薇』とうちの敷地のあの釣鐘塔がどんな繋がりがあるというの?」

 ロダンは笑い声を止めて、顔を撫でるとぽつりと言った。

「じつは『薔薇』を探しているのですが、今は『桔梗』を探しているのです。この卍楼で。桔梗』を探せば、おのずと探し物の『薔薇』に行き当たるもんですから。それで閻魔さんに卍楼で『桔梗』を探しているんだけどと言ったら――この釣鐘塔にぶつかり…」

 そこで女医は「成程」と言って頷いた。頷くと、ロダンを見た。

「それであの釣鐘塔の刻印か」

「…です」

「桔梗だからね」

 ロダンは頷いた。

 頷くとロダンは女医へ問い返す。

「それで、何か知りませんか?あの釣鐘塔について。あれは先生の所有物何でしょう?」

 問われた女医はうーんと応じてから、首を傾げた。その態度を見ると、それは本当のようで本当ではない、そんな答えを含んでいるように見える。

 ロダンが焦れたように聞く。

「違うのですか?」

 聞かれた女医が足を組みなおすと、視線を『岩窟の聖母』へ向けた。絵画を見ながら、何とは無しに呟く。

「…半分はそうだけど、半分はそうじゃない」

 謎の言葉だ。その謎にロダンが迫る。

「つまりそれは?」

 僅かな間が合って、女医が唇を動かす。その動きを燕もロダンも追ってゆく。

「…あれはね。小紋晴仁って人のものなのよ」

「小紋…晴仁?それは誰です?」

 ロダンが僅かに身動きする。ロダンだけではない。燕も僅かに身動きしている。まるで答えに掴みかからんと言わんばかりに。

 女医はそんな二人を交互に見ると口を開いた。

「まぁ隠すような秘事でもないのだけど。それは私の曽祖父、――この敷地の所有者で明治の陸軍軍医だった人よ」






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