13 釣鐘塔
(13)
冬の晴れ間は夏とは違い、熱というよりも暖というものをすごく感じないではいられないかもしれない。
ロダンは手袋のまま陽の光に指先を当てて、その温かさを取り込もうとぐっと閉じたり開いたりしている。卍楼は元々西願寺という寺院の別院であった。
戦中、大阪空襲でその一帯が焼け残り、やがて戦後の都市計画を経て、現在の盛り場ともいえる卍路の楼閣になっているが、夜の帳が明け、お天道様の下に姿を見せると、寺の別院であったというその名残が見える。
そしてその名残の一つが、ロダンが見上げている建築物かもしれない。それは煉瓦を組んだ、どこか反射炉のような尖塔だが、その先に釣り下がっている何かが見えた。
高さは二十メートル程あるだろうか。そしてその釣り下がっているものが何であろうか?ロダンには既に見当がついている。それは横に立つ、彼も同じだった。
ロダンは眼を細めて、釣り下がっているものを見た。それから僅かに手を顎にやった。
「あれですか…」
問いかけて目を細めるロダンの瞼に陽光が落ちている。眩しそうでもあるが、どこか半信半疑のような眼差しにも見えた。そのまなざしに問いかけられた燕が答える。
「せや、それが昨日、睡蓮で見せた釣鐘や」
ロダンは僅かに背を伸ばす。伸ばすが肝心のものが見えない。困ったようにロダンが言う。
「しかし、肝心のものが見えやしませんぜぇ、閻魔さん」
思わず燕がぷっと笑い出す。
「見えるもんかい。こっからやと」
言うとロダンの背をポンと叩く。振り返ったロダンの面前で指先をくっと曲げると「こっちや」と言って歩き出す。ロダンは歩き出す燕の後に付いてゆく。
(どこへ行くというのだろう)
ここは卍楼の中心からやや離れている。提灯横丁が近いが、しかし、普段はこちら側には来ない。…すると
(あれは…)
明神皮膚科クリニックの看板が見えた。
どうやら見ていた釣鐘の塔は明神クリニックの裏手にあった。ロダンはクリニックの前を歩く。歩くと患者が出てきて、自動ドアが開いた。開けば院内に飾られている絵画が見えた。レオナルドダビンチ作の『岩窟の聖母』だ。
自然、少し前に西願寺亮介を此処に連れて来た時が思い起こされた。あの時、ロダンは自らある実験をしたのだが、連れ立った友人の亮介を汚させてしまい、此処へ連れて来た。
その亮介は――その後、劇団を辞めた。その理由をロダンは敢えて聞かなかった。だが、辞めたとは言え、友情は変わりなく続いている。現にロダンはその亮介からの依頼はこうして忠実に守っている。それが友情の証以外に何があるというのだろうか。
思いを切るように自動ドアが閉まる。閉まるとロダンはふと――思い出した。
(そういえば、ここも例のあの事件の時、強盗が入ったんだっけ。まぁ結局何も足られなかったと角谷さんは言ってたけど…)
前を行く燕が立ち止まり、ロダンへ顎で合図する。
顎の動いた先に人一人が通れるぐらいの小さな隙間と言える隘路があった。すると燕が身体を横にして滑り込む用に身を差し入れ、進んでゆく。ロダンも同じように身を横にして燕の後を追う。
まるで探検隊のような気分だ。
ロダンがそう思いながら進むとやがて、隘路が開けた。開けると四方を建物に挟まれているが、四畳半程開けた空間があり、その中心に空へ伸びる塔があった。ロダンが先程、目を細めて見ていた釣鐘の塔だった。見れば煉瓦の壁に梯子が備え付けてあった。
燕がロダンに言う。
「此処迄案内はしたで。それがワイの仕事やからな。上の確認はあんたがしいや。ロダン、それがあんたの仕事やからな。」
言うと目で合図する。
ロダンはうんと頷くと梯子に手を掛ける。それからするすると上手に上ってゆく。梯子を上るにつれ、一階建てのクリニックの屋根を超えた。超えるとやがて卍楼の立ち並ぶ店の屋根を超えてゆく。
ロダンは改めて思った。
(そっか。卍楼は軒並み二階建ての店舗しかないのだな)
存外だが、揃えられた屋根越しに見える街の景観がいい。卍楼を見渡せば二階建ての屋根が広々と広がり、大阪の都会のビル群のようなサイズの互い違いのような景観の不揃いは無い。
気分が良かった。
ロダンは勢い上を目指す。程なく、天辺に着いた。
(釣鐘だ)
ロダンはじっと観察する。
(…というよりも半鐘…ん?)
ロダンは何かを見つけた。紐だった。その紐は上部の滑車から垂れている。おそらくこの紐を引けば鐘が鳴るのだろう。
(半鐘ではなく、ベルかな?教会にあるような)
そこまで思いを巡らすと鐘に刻印された何かを見つけた。ロダンがじっと見入る。
(これだ…確かにある)
ロダンは頷いた。その時だった。
{おい!ロダン!}
下から自分の名を呼ぶ声がした。ロダンがちらりと下を見るとそこには燕ともう一人、白衣を着た人物――そう、明神皮膚クリニックの女医だった。




