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その11 ロダンの理由

(11)




「しつこい奴だとは思っていたが、戻ってくるとはな」

 二人は卍楼の中にあるカフェ『睡蓮』で向かい合わせに腰を掛けている。

 店内は昭和の頃の純喫茶のような雰囲気をしている。壁には印象派の画家モネの『睡蓮』が掛かっている。

 それがこの店の由来だろう――、そんな事を思いながらカップの中のコーヒーに唇が触れた時、燕がロダンに声を掛けた。ロダンは僅かにコーヒーで濡れた唇を舌で舐めると、苦みを味ないながら、苦笑した。

「…まぁ、それが僕の持ち分というか性格なもんですからねぇ」

 そして髪を掻く。燕は夏の頃の様な長い髪を鶏冠のようにする髪型ではなく、意外だが金髪に染めた髪をバッサリと切り、まるで戦場という地獄に派遣されている軍人の様な髪型になっていた。

 だが細身の華奢さは変わらず、それがより一層スーツ姿と際立ち、妖艶さを醸し出している。

 ロダンには正に閻魔が地獄の匂いを漂わせていると見えた。

「夏以来やな」

 燕が確認するように問いかける。不思議に苦笑いが浮かぶロダン。

「ええ、ほんまに」

「お前なぁ」

 ロダンの苦笑いに燕が急に舌鋒を鋭く言い放つ。

「――ワイのとこに警察が来たぞ!角谷とかいうえらいごついポリや。児童失踪事件やらなにやら、おでん屋のおっさんの死にも関係してないか…!根も葉もないこと色々聞かれたわ!」

 ロダンは頷く。その事は既にその角谷という刑事から直に聞いていた。だから深く頷いた。それはこの燕が例の事件とは関りが無いという答えを知っていたからだ。

 深い頷きをするロダンへ、燕は手を伸ばすと胸倉を掴んだ。そしてぐっと顔を力強く引き寄せる。

 紫のアイシャドウを塗った瞼から覗く黒い瞳がロダンを真正面から捉えた。ロダンの鼻腔に地獄の香りが届いた。それを嗅ぐロダン。

(…存外、地獄というのはいい香りかもしれないかも)

 数秒――、燕はロダンを引き寄せたが、だが、ぱっと手を離すと後は何事もなかったように、むしろクスクスと少女の様に笑い出した。ロダンは燕の表情を見ながら身繕いを整えると、ポリポリと頭を掻いた。

 そしてすまなさそうに燕へ言った。

「いえ、僕のね。少しばかり想像力ある空想が、ちょっと刑事に効きすぎたのかもしれません。ですが、裏で普段は見えない何かを浮き彫りにさせたのは、どうも事実のようです。ミッシングチルドレン…、奥深い人間の業ですよね。生と死、エロスとタナトス、そうした業の深さが、まぁ…露見したというのか」

 ロダンは頭を掻く。燕は笑っていた口を閉じると、静かにロダンへ言った。

「まぁ…変態野郎どものパーティはいずれ終わるちゅうことや。それは害獣達の墓場になる。そやろ?ロダン。お前が居たからそうなったちゅうことや」

 言うと再びくくくと笑い出す。

「まぁピーターパンが居たのかどうか。後は探すだけやけど、見つかるかな?あいつらに、いや…口を割るかな?死人にはいつも口無しやけどな」

 ロダンはその意味を知っている。ロダンが見舞った浅野こと、木下は遂に気狂いのまま病院から飛び降り自殺をしたのだ。それはあの事件が明るみになった頃、夏の終わりが近いという時に起きた。燕はその事を言っているのだろう。

 ロダンは僅かに目を細めた。だが、それ以上細めた目で何かを追うことをしなかった。飛び込み自殺をした木下の恋の相手が誰であったか…、ロダンは細めた視線の先に浮かぶ未解決の答えを、瞼を閉じ終わらせた。あくまでも――可能性でしかない答えだった。

「それで」

 燕の声がロダンの思案を斬る。

「…お前、此処に戻って来たのは…何故だ?」

 ロダンは頬を摩る。そして首をポンと音を鳴らして叩くと言った。まるで地獄の閻魔に渡すには相応しい花束のように。

「――『薔薇』ですよ。僕は最初からずっとそれだけを追って来たんですから」


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