その8 慇懃に丁寧に頭を下げるロダン
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引き寄せると背後の本棚の文字が影のように一緒に動いたように見えた。それはでピラミッドの壁に照らされた象形文字が一斉に動き出したような錯覚をロダンに与えた。勿論、それはロダンの心の動きを反映させたのは言うまでもない。その動きとは言うまでもない――、轆轤への期待である。
その期待を受けた轆轤は動いた象形文字を呑み込んだのだろうか、唇を舌で舐めた。その姿はまるで知性という味を愉しむかのように。そして知性の愉しみを噛みしめながら、彼はロダンへ吐き出してゆく。
「…十三なぁ、あそこはというより、元々大阪というのは、大きな南から北へ伸びた尖塔型台地やったというのは知っとるか?」
ロダンは首を横に振る。
「ほうか、まぁ昔、太古はそうやった。しかしやがて時代が下り、今の河内平野は埋めたてられ、現在の大阪の基盤が出ている。まぁ何を言いたいかと言えば、大阪は元々、尖塔型台地のつまりすぐ側は波のあらい外洋が有って鯨も居た海原やということや」
ロダンは大きく首を振った。それは自分の知らない知性への憧憬にも近い、頷きだった。
「それでや。つまり大阪はナニワ、つまり『浪』が変化するいわば海の地名が残る土地でもあるんやな」
そこでも大きくロダンは頷いた。
轆轤はロダンの様子を見ると満足して、小さく咳払いをし、話を続けようとする。それはまるでピラミッド内部で太古のパピルスを解読して秘密を語るかのような口調で。
「…さて、そうしたことを踏まえた上で語る事は、つまり大阪は外洋に開けた土地だという事。それは戦国時代という大航海時代に日本の外洋へ開かれた所が「外界」、いや仏世界から見ればそれは『外法』だな…まぁそこと繋がっていたという事でもあり、そして十三等のあちらもこちらも河川と共に『外』へ開かれている土地やという事や。そこで『薔薇』だが…」
ごくりとロダンは喉を鳴らした。
轆轤はそんなロダンへ見開いた頁を見せると言った。
「これ、誰の家紋か分かるか?」
言われるままロダンは見開いた頁というか、まるでオレンジ光の中を覗き込むように首をにゅっと伸ばした。それは正にパピルスの書かれた永の秘密を覗き込むかのように。
…だが、ロダンは首を横に振るしかなかった。そして答える。
「轆轤さん、僕にはとても分かりません」
言うなり、轆轤はかぁーと声を上げるや、ロダンを指差した。
「事もあろうに役者を目指してるやつがこの有名な家紋を見て、何も知らぬ無知とは恐れ入る!!いつかは時代劇で演じる機会もあるだろうに」
(…えっ)という表情で再びロダンはのぞき込もうとしたが、轆轤は強引に自分の手元へ本を引き寄せてしまった。
虚を突かれたように呆けるしかないロダンへ、轆轤はさも自慢げに言った。
「まぁ無知なるものは、いつまでも無知よな。だからこそ『薔薇』とはかけ離れた所へ答えが行っても気づくまいて」
相手に自慢げに自分が無知だと言われて、流石にロダンはむっときたが、しかし此処で彼はぐっと堪えてある事を演じた。
それは賢者に対する愚者の誠実さだ。
ロダンはボリボリと雑草ヘアのマリモ髪を掻くととても慇懃に轆轤へ頭を下げた。
「すいません、どうも僕は無知なようでそれで、…そのぉ、轆轤さん…いえ、先生。どうか僕に少しだけ、先生の深き知性の欠片を
分けていただけないでしょうか」
慇懃に丁寧に頭を下げるロダン。そのロダンの芝居はどうやら轆轤の自尊心をくすぐったようだ。彼はほうと頷くと、僅かに鼻をなぞり、やがてえへん顔で語り出そうと口を動かした。
それを下げた頭から覗くロダン。
「ならば教えてやろうか」
(…しめしめ)
轆轤の言葉に心の中でロダンはほくそ笑んだが、しかし、ここからが実に長かった。
それが自分を困らせるほどの約一時間の長話になったのだ。




