第286話 決戦③
コンラッドの姿にアイリーネはハッとした。
辛うじて人の姿を取っている、そう思ったのを訂正しなくてはならない。アイリーネがそのように考えるほどコンラッドの身体はグニャグニャと歪み四肢に指はなく影となっていた。
「もう、人の姿も保てないのね」
「進化したと言っていただきたい」
「そう、あなたはそれを進化と呼ぶのね」
コンラッドは認めないだろうが誰の目にも人の姿を保てていない影のようなものとして映り、明らかに退化している。本人は強がりでも何でもなく、本当にそう信じているのだ。
――憐れだとは思う。だけどそれも自業自得だ。
コンラッドには今とは違う結末を選ぶ機会はいくらでもあった。現状を選んだのはコンラッド自身。
アイリーネはコンラッドを見据えた。
「ここで終わらせるわ」
力強い瞳で見つめると視線を逸らさずに言った。
一瞬、言われた意味がわからずにポカンとしていたものの、アイリーネの言葉を理解するとコンラッドは笑った。
「笑わせてくれるな、弱い人間に何が出来る」
コンラッドはそう言いながら右腕部分の影を伸ばして来る。
「アイリーネ様、下がってください」
イザークはそう言ってアイリーネを後に下がらせると剣を構えた。
空の闇は変わらず濃く、風も冷たい。
それでも寒さを感じない程にはアイリーネの気分は昂ぶっていた。
アイリーネは基本戦わない。イザークが前線にアイリーネは後方で備えている。自分の武器である新しい神聖力は何度も放てない、戦いを見守りながらタイミングを計る。
影が伸びこちらに襲いかかるがイザークの剣は影を見逃さない。コンラッドは四肢をゆらゆらさせながら、伸ばしてはイザークの剣に阻まれる。イザークの剣が影を切り裂くと影は散り散りとなり、四肢は短縮している様に見える。
「効いていますね」
「はい」
今回、イザークの使用している剣は特別な物である。
貴重な光の魔力を魔石に入れ、砕き粉にして刃に混ぜてある。闇の魔力に有効な武器はコンラッドにダメージを与えていた。
だけどなぜだろうか、手応えはあるのに有利であるとは思えない。
おそらく……それはコンラッドの態度。
余裕があるように見える、焦りはない。笑みまで浮かべており、何か考えがあるのだろうか、とひどく気にかかる。
不意にアイリーネの耳が物音を拾った。
複数の足音がこちらに駆けて来ている。
「お待たせ致しました!」
「加勢いたします!」
声と共に視界に白い聖騎士の制服が現れた。
大聖堂の所属であり、アイリーネとも顔見知りである。数としては十にも満たないがそれでも心強かった。
「大聖堂は大丈夫なのですか?」
「はい、大聖堂にはシリル様がいらっしゃいます。シリル様から応援に行くようにと指示がありました」
「そうなのね、ありがとう」
聖騎士達は頷くと武器を構えた。
聖騎士達の武器も特注品で剣だけではなく、槍や弓といった武器もある。総ての聖騎士に行き渡る程の数は用意できなかったが、戦いの場に出て来る聖騎士の分は確保出来た。
剣で斬りつけられ、弓で射抜かれ、槍で突かれてもコンラッドには焦りはない。何かを狙っているのだろうが、コンラッドの口数は少なく表情もさほど変わらないでいた。
「……あれ?」
ちょっとした違和感。アイリーネはそれを感じとった。
四肢とは違う部位、背から勢いよく現れた刃物の様な黒い影に驚愕した。
正直に言ってコンラッドは魔力はさほど残っていないと思っていた。だから、リベルトや教皇の命を奪ったあの呪いの影は使用出来ないだろうと高を括っていた。
「ダメ!それは――」
先の鋭い影は呪いの類だとアイリーネは直感した。
ナゼだと聞かれても分からない、だがあれに触れてはならないと、そう感じていた。
影は一直線にイザークを目指している。
イザークも対応しようと剣を構えているが、影は直前になって円を描きイザークを翻弄した。
「くっ!!」
何度も襲いくる影の先をイザークは剣で凌ぐ。
右に左に剣を構えて防御しているが影の勢いは一向に衰えない。
聖騎士達は攻撃を加え続けている、それでもコンラッドの勢いは止まらない、むしろ速さが増しているように思えた。
「あっ――」
イザークを翻弄していた影が狙いを定めた様に再び一直線にイザークに向かうのがアイリーネには見えた。
危ないだとか軽率だとかそんな事を考える前に身体が動いた。
「アイリーネ様!来てはいけません――」
イザークの静止と同時に影は向きを変え、その鋭い先をアイリーネに狙いを定めた。
「アイリーネ様!!」
イザークの悲痛な叫び声と衝撃音が辺りに鳴り響いた。
読んでいただきありがとうございます。




