第283話 備え/決戦①
ここは、夜でも完全に無人となることはない。
時折すれ違う兵士を横目に見ながら一人歩く。
兵士の目には自分の姿が映っていないのか、通り過ぎて行く。
闇夜に紛れて地下へ下る、深夜とはいえ城の警備はぬかりない。それでも、誰に疑われる事もなく目的地に向かえるのは、彼の人の意思だからなのだろうと考察した。
「まだ、夜は冷えるな」
城の地下にある石造りの神殿は寒いこの時期底冷えしていた。寒さに震えながら手をかざし神聖力を妖精王の石像に向けた。正式な手順ではない、自分に王家の血は流れていない。それでも石像は動いた、彼の人の力だなと、一人納得していた。
回帰の儀式とは違い目的は一つ、地面が揺れお目当ての物が姿を現した。
クラウ゠ソラス、聖剣。聖人ジャル・ノールドが使用したと語り継がれる剣。
月日が流れてもその剣は美しい姿を携えている。
「お久しぶりですね……あなたの出番がないのに越したことはないのですが……」
聖剣を手に男は懐かしそうに、まるで人のように言葉をかけた。
「……今回で必ず終わらせる。首を洗って待っていろ」
聖剣を手にした男は地下を後にした。
男に与えられた役割を果たすために。
◇ ◇ ◇
その日は突然やって来た。
その日、アイリーネはイザークと共に大聖堂にいた。
相手は闇を得意としている、ならば奇襲は夜である。
そう考えられていたが実際には昼下がりの午後であった。
突如として空が影に覆われ雨の気配かと勘違いをした者もいた。やがて気付いた、雨雲ではなく闇で覆われたのだと。
「これは……コンラッドの闇?」
大聖堂の裏庭から見上げる空はまるで闇夜のようで、空気まで重苦しく纏わりつくようだった。
聖騎士や神官に誘導されて大聖堂の近くにいた人達が続々と避難して来る。パニックとは言えないが混乱している、不安を口にする者も多い。しかし、怪我人などの報告はないようだ。
外にいる時に非常事態になれば近くの教会や建物の中へ、家にいる者は安全が確認できるまで外に出ない、王都に住む者には徹底して伝達してあるので幸いパニックには陥らなかったのだろう。
「仕掛けてきたね……」
同じく隣で空を見上げているシリルが呟いた。
「うん、そうだね。でもねシリル。私、負けるつもりないの」
「アイリーネ……」
昔よりも背の伸びたシリルは驚いた顔で私を見下ろした。
「強くなったね、アイリーネ」
「そうかな?」
「うん」
私は褒められたのだと胸を張りたい思いだが、シリルの表情は冴えない。
どうしたの?シリル。そんな風に問う前にシリルは言葉を紡いだ。
「アイリーネ、僕達はアイリーネには何も知らずにだた幸せになってもらいたかったんだ。一度目とは違い妖精の愛し子として祝福されて、傷つく事なく幸せになってもらいたかった」
「シリル……」
「でも、実際には違ったけどね。アイリーネの力に依存して、アイリーネの人生を犠牲にしてしまった」
「シリル、犠牲なんかじゃないわ。私が望んだの」
「………」
「私が愛し子として皆を守りたいとそう望んだのよ」
「……アイリーネ」
シリルの瞳が揺れた。シリルは身体は成長したけれど心根は昔のまま泣き虫なシリルだ。背を丸めて顔を伏せるシリルのフワフワの髪に手を伸ばし撫でた。
「アイリーネ様!!」
イザーク様の声にハッとした。
イザーク様の視線の先に目を向けると闇に染まった空のに雷が見える、ただしその色は黒だった。
「何あれ?雷なの?」
「はい、おそらく。不気味ですね」
「あの方向って噴水のある広場だよね」
私の問いにイザーク様、シリルが続いた。
「コンラッドはあの場所にいるのではないかしら?」
「アイリーネ?どうしてそう思うの?」
「ただの勘だけど……あの場所は一度目の私が断罪された場所でしょう?だから最後に決着をつけるならあの場所かなって思ったの」
噴水の広場、それは一度目の私が断罪された場所だ。あの時、あの場所には断頭台が設置されていた。
悪趣味なコンラッドはあの場所にいる、そんな予感がする。
「愛し子よ――待っているぞ」
頭の中に直接語りかけるようにコンラッドの声が響いた。
「――っ!!」
「どうしたのアイリーネ、大丈夫?」
急に頭に手をあて顔をしかめた私にシリルが心配そうな顔で問いかけた。
「今の聞こえた?」
「なに?何の話?」
シリルもイザーク様も不思議そうな顔をしている。
私にだけ聞こえた、コンラッドが私を待っている。
いよいよだと私は息を大きく吐いた。
「今ね、コンラッドの声が聞こえたの。私を待っている、そう言っていたわ」
「「えっ!!」」
「私、行くわ。行って今度こそコンラッドを倒す」
「アイリーネ様、私も共に参ります」
「もちろんよ!イザーク様」
イザーク様と共に駆けだそうとした時、シリルに腕を掴まれた。
「ちょっと待って、アイリーネ」
「シリル?どうしたの?」
いつもと違い笑みも浮かべず真剣な眼差しのシリルが私と向かい合って見下ろしている。
無言で顔を近づけたシリルは私の頬に唇をあてた。
「えっ?シリル?」
突然の出来事に困惑した。
頬からシリルの唇が離れても、その感触が消えなくて、嫌悪感はないけれどただ驚いた。
「びっくりさせたね、これはおまじないだよ」
「おまじない……」
「うん、僕はここに残らなくてはいけないし、だからおまじない。アイリーネの事を守ってくれるはずだから」
「シリル……ありがとう」
カルバンティエ様に続きシリルにも守護を掛けてもらった。胸の奥がじんわりと温かくなる。
皆の力で勇気が湧いてくる。
皆と共にいる、だから絶対に負けられない。
「あ、ユリウスには内緒だよ。こんな方法だと嫉妬されそうだから」
シリルがそう言って笑うから私もつられて笑った。
こんな時だけどいつも通り。ううん、こんな時だからこそいつも通りで安心出来る。
よし、行こう、今度こそ。
よし、と気を引き締める。
「じゃあ――行ってきます!」
シリルに手を振りながらイザーク様と大聖堂を後にした。
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