第282話 塔の上の恋人達
「わあ!すごい!」
今、私とユーリは塔の上にいる。
前にユーリと一緒に登ろうと予定していた塔。あれから時が経ち新しいカフェや植物園なども出来たのであの時とは違い混んでいなかった。
イザーク様は下で待っている。
イザーク様は前に塔に登ったことがあるそうだ。
「今なら夕陽が綺麗だと思いますよ」と笑っているのだが、少しだけ悲しそうに見えた。
登った時のことを思い出していたのだろうか。
「どうした?リーネ」
「えっ?どうもしないよ。上からの眺めは凄いなーって見ていたの」
ユーリに尋ねられて私はちょっと焦ってしまう。
だって、ユーリと二人でいるのにイザーク様のことを考えていたなんて悪いわよね。
「そう?ならいいけど。俺も初めて登ったけどいい眺めだな」
一瞬、怪訝そうに見えたユーリだけど隣に並び私と同じように王都を見渡している。
視界を遮る物は大聖堂の塔ぐらいで、その奥に見える城はもちろんのこと王都の端まで見えている。イザーク様の言っていた通り夕陽がオレンジ色に染め上げた王都は綺麗だった。
ユーリの横顔も夕陽に染まり……
見つめすぎていたら、急にユーリがこちらを向くから気まずくて辺りを見渡す。
塔は思っていたよりも広く私達を含めても3組の人がいる。男女で3組、腕を組んだり腰に手をかけたり……恋人同士か婚約者なのだろう。
「あっ――」
自分達の世界に入っているカップルが顔を近づけたと思っていたら何と――口づけを交わしている。
信じられない、他の人もいるのよ?
視線は逸らさせたのだけど、気になってしまう。
驚いて声を出さぬように口元を押さえていた手で今度は目を覆う。それでも気になるから、指の隙間から覗いて見る。
「リーネ………」
「えっ――?」
急に耳元で名を呼ばれ頬が熱くなる。そして、気がつけばユーリにすっぽりと後から抱きしめている。
「あの――ユーリ……」
「リーネ……」
ユーリの体温が背中から伝わってきて私の頬は更に熱くなる。安心するユーリの香りのはずなのに、昔よりも逞しくなったユーリは大人の男性で、それを意識し始めると胸がドキドキと大きな音を立てだした。
もしかして、私とユーリもあの恋人達のように口づけを交わすの?いくら綺麗な夕陽を背にしていても他の人もいる場所で?
ダメ!絶対にダメよ!!
「あの……ユーリ、離して」
「なんで?」
「なんでって……」
身を捩ってユーリの腕の中から逃れようとしても檻のように囲まれてしまっては逃れることが出来ない。
「だって……だって!まだ早いわ」
「………確かにまだ早い」
そう言って囁くと私の視界をユーリの大きな手で奪った。視界を奪われて動揺している私の額に柔らかいものが触れた。
「リーネ、真っ赤だな」
額に触れたのがユーリの唇だと気付くと、ユーリがそう言って目を細めて笑った。
「――夕陽のせい」
なんとなく悔しくて可愛くない言い方をした。
「そっか」
だけどユーリは破顔した。
ユーリだって耳朶が赤いよ、そう思ったけど胸の中に秘めた。
この一瞬を焼き付けたくて、例えこの先離れて暮らしたとしても思い出せるように瞬きをするのも忘れるほど、ユーリを見つめ続けた。
楽しかった一日が終わりを告げようとしている。
私はベッドの中で夕食時を思い出しクスリと笑った。
お父様に楽しかったかと聞かれて色々と思い出してしまって私は顔を染めてしまった。
お父様はその後なぜか無言で食事を終え、ユーリに二人で話をしようか?と圧のある笑顔を向けていた。
ユーリはちょっと焦っていたけどお父様は優しいから大丈夫だと思う、多分。
外に闇夜が広がって部屋の中は風の音が聞こえる程静寂だ。身体を移動させると衣擦れの音を耳がひろう。
寝衣に包まれて横になっていると睡魔がおいでと誘ってくる。目を閉じて指に絡めたユーリの色のリボンの感触を確かめる。
長らく見つめていたから、目を閉じてもリボンの色のが鮮やかに思い出せる。
ここを離れてもリボンは持っていけるかな。
リボンの色はユーリの色だから、リボンと共にいられれば……
「……淋しくないかな……」
そう呟いたのを最後にとうとう睡魔に抗えなくなった私は夢の住人となった。
起きた時には覚えていなかったけど、目が覚めると満ち足りた気持ちになったから、楽しい夢を見たのだと思った。
「さあ、今日が始まるわ」
カーテンを開けると夜明けが見える。
「きれい……」
ユーリと見た夕陽もきれいだったが、一人で見た夜明けもきれいだった。
この景色を守りたい、改めてそう決意した。
私の手の中には紫紺のリボンがある、まるでユーリと一緒だとそう考えると自然と私は笑みを浮かべていた。
読んでいただきありがとうございまいました。
更新に時間がかかり、申し訳ありません。
まだ咳で苦しめられていますが、軽快しました。
皆様もお体にはお気をつけ下さい。




