17話:姫琉と漂流者
浜辺に、着いたのはお昼を少し回った位だった。
足を踏み入れた浜辺の砂は白くさらさらと私の足を撫でる。
雲ひとつない青空が水面に反射して宝石の様にキラキラと眩しい程に輝いていた。穏やかな風に乗りさざ波の音が心地よく辺りに広がっている。
……そう、聞こえるのはさざ波の音だけ。
「いやぁ~……見事に誰もいないっすね」
「そうなの? それならあたしもお外に出てもいいよね、ヒメル♪」
そういうと、私の鞄に隠れていたアルカナが海に向かって一目散に飛んでいく。
そんなアルカナを追って、ギン兄が浜辺を素足で走る。
相当広い弓形の浜辺なのだが、私達以外誰もいなかった。
浜辺には、簡易的な小屋みたいなものもあるが、入り口に釘で木の板が打ち付けられていて人の気配はまるでない。
「以前訪れた時には随分と賑わっていたんですぜ。やっぱり、幽霊船騒動で人が寄り付かなくなっちまって店も閉めちまったんですぜ? これ……」
馬車を浜辺から見える所に置いてきたキン兄が、釣竿を片手にやって来た。
「あれっ? 隊長は?」
「馬車の見張りを率先して買ってくれたんで、置いて来やした。
最低限の移動手段で、船を使う時以外あんまり海に近付かないんですぜ、あの人」
「魚も嫌いなら海も嫌いなんだね〜」
「あの人、泳げないんですぜ……だから」
言葉を濁したキン兄が軽く鼻で笑った。
泳げないからって海が嫌いとか
子供かっ!
………どうでもいい新事実発見。
スモモちゃん推しの人にぜひ教えてあげたい。アイツ見た目以上に子供です。
「じゃあ、これはヒメル嬢の分ですぜ」
そういうと、有無を言わさず持ってきた釣竿を一本手渡してきた。
思わず受け取ってしまったがどうしよう。いや、釣りしたいなぁとか考えてはいたけどさ……。
「生き餌の準備もしてきてますが、やっぱり擬似餌の方ですかね?」
キン兄の手には木で出来た魚のルアーと小さな壺いっぱいにミミズの様な虫がたくさん蠢いた壺を嬉しそうに差し出してきた。フ……甘いね、キン兄。私が虫如きで悲鳴をあげると思ったら大間違い。瑠璃ちゃんが虫が苦手だったから、瑠璃ちゃんを虫から守る為に虫は克服しているのだ!!
でも、流石に壺いっぱいの虫はキモいので木のルアーを指差して仕掛けを付けてもらった。
仕掛けを付けているキン兄が些か残念そうな顔をしているが、コイツわざとだろ。
「私、川でしか釣りってした事ないんですが……」
「大丈夫ですぜ! もう、仕掛けの準備はしてますし、竿が引いたら糸を巻いてくれれば大丈夫ですぜ! ただ川釣りと違うとしたら」
何やら小難しい説明が始まった。いつもよりちょっとだけ、テンションが高いキン兄に若干びびってしまったが、聞いていないとわかったら何をされるか分からないので「はい」とか時々相槌をうった。
……釣り好きなんだねぇ、きっと。今もなんか長々と語り始めてるし。あんまりに専門的なことを話しているので右から左に話を聞き流しているが、なんかゲームの話をしている時の自分と被る。
っていうか、馬車で釣りをしたいと言っていたギン兄がアルカナと一緒に砂浜で遊んでるんですが!! 私もそっちに混じってアルカナと遊びたい! 砂でお城作ったり、貝殻拾って遊びたい!!
「じゃあ、今日の夕飯はヒメル嬢の腕にかかってるんで、頑張るんですぜ!」
「ひゃっひゃい!!」
突然こちらに話をふられて慌てて返事をしたら思わず噛んだ。
うわぁー、めっちゃ良い笑顔じゃん!
浜辺にイケメンの笑顔は映えるが、その笑顔はどこか圧を感じる。『遊ばずにしっかり釣らないと、夕飯はないぜ』と言われてる気がする。
きっと、遊びたい気持ちなんてお見通しなんだろう。……笑顔の、圧がスゴいんです……。
「……はい、がんばります」
そんなこんなで、浜釣りをすることになった。
これ以上の圧をかけられたくないので、キン兄と反対の方にそそくさと移動する。
横で、キン兄が釣って、私が一匹も釣れない、なんて事になったら……ひぃっ!? 考えただけで寒気がする。別に悪い人じゃないんだよ! 多分いい人だし、面倒見のいい人なんだよ! でも、こう……プレッシャー半端ないんですよ。勉強を教えてもらってる時もだけど、笑顔でドンドン追い込んでいくスタイルなんですよ!?
そんな事を考えて歩いていたら、浜辺の端の方まで来ていた。
アルカナたちが、少し小さく見える。
( ……このあたりで、いいか?)
竿を振り上げ、針が海に静かに落ちる。
波が穏やかなので、浮きがぷかぷかと静かに浮いている。
「クゥークゥー」
海鳥がなく声が、波の音と合わさり心地よく響く。
「クゥー……クゥーキャ、クゥーギャギャ!」
……いや、海鳥うるさいな。
近くを見渡すと、海鳥の群れが浜辺と岩場の境に集まっていた。
魚でも死んでるのかな……?
何かを啄んでいる海鳥たち。
目を凝らして、見ると緑色の藻の様なものを口にしている。
海藻……かな?
……いや、アレ……よく見ると……。
目を擦ってもう一度目を凝らして見てみる。
海鳥たちが、こぞって啄んでいる海藻らしきものの下に、くすんだ白い布らしきものが見える。その布を目で追うーーーー。
アレは……人の手ぇえええ!!!?
「えッ!? あ、あぁぁああアアー!! ダメダメ!! こらっ、そんな事しちゃダメぇぇええええ!!!!」
大きな声を出しながら、持っていた鞄で海鳥たちを蹴散らす。
海鳥たちは、ギャアギャア叫びながらどこかに飛んで行った。
「あぁ……やっぱり人間だった。ねぇ、生きてます!? もしかして……死んで…………」
頭の先から足の先までびっしょりだったその人は、深い緑色の長い髪に聖職者の様な格好で白な服を着ていた。随分と細いが、体格的に男の人だろう。うつ伏せに倒れていたソレをひっくり返すと、やつれた顔をした男だった。
死んでたらどうしようとオロオロしていると「がはっ」という声と共に水を吐き出した。
「あ……よかった生きてる」
ちょっぴり涙目だった自分の顔を両の手で思いっきり叩く。
気合注入だ。
「あの、大丈夫ですか? 立てますか?」
「う゛〜ん……」
生きてるっぽいけど歩けなさそうだ。
男の人にしては細いけど、身長がそこそこあるし服が水を吸っていてなかなか重い。さすがに私だけでは運べそうにもない。どうしたものか……。
「お〜い! ギン兄ぃ〜……アルカナァ〜……ちょっと手伝ってぇえ〜!!」
浜辺の向こうのアルカナ達を大声で呼んだ。
いや〜、向こうまで行ってもよかったんだけど。チラッと横を見る。
さっき蹴散らせた海鳥が、こっちをずーーっと見てるんだよねぇ。向こうまで行って、戻ったらこの人、骨になってそう……。幸い、アルカナが直ぐに気が付いてくれて、ギン兄と共に駆けつけてくれた。
「うおっ! なんすかこの人。生きてるんす……よね?」
驚くギン兄と、漂流者を恐る恐る突っつくアルカナ。
「さっき水を吐いて、そのまま気を失ったみたいなんだよね。ここに置いておくと、海鳥にやられちゃいそうだから、向こうに運ぶの手伝って欲しいの」
「おっ、了解っすね」
そういうとギン兄は自分より身長のありそうな男をひょいっと背中におぶった。
そのまま、三人で最初にいた浜辺付近へ戻った。
知らぬ間に設置されてた簡易テントに、とりあえず運んで寝かせた。
「この服装……」
「ん? ヒメルの知り合いっすかね?」
「いや全く知らない、ただ……」
この人が、着てる服に見覚えがあった。
この服は、光の国にある王立研究所の人間が着ている制服と同じだ。
ってことは、この人は光の国から来たんだろう。
もし、助けたら今の主人公達の様子がわかるかもしれない……とは少し思った。でも、あんなシーン見たらとりあえず助けちゃうって。人が襲われてるって思ったら、体が勝手に動いちゃいますよ。
「とりあえず、ずぶ濡れの服をどうにかしないと風邪ひいちゃうよね」
「それなら! それなら任せて風でピューっと乾かしちゃうよ♪」
「アルカナ大丈夫っすね。こんなん着てる服剥いで、外に干しとけば精霊術なんて使わなくてもすぐに乾くっすね!」
なるべくアルカナに魔力を使わせない様、気にかけてるギン兄がそう言って、男性の服を脱がそうとした時だった。
「ん゛ん〜……はっ!? こっ……ここは、どこなのであるか?」
男の人が意識を取り戻し、目を覚ましたのだ。
しかし、タイミングがすっごく悪かった。
ギン兄が胸ぐらを掴んでる様な形で丁度意識が戻ったのだ。
「ひぃッ!! な、ななっななんなので……であるか!!!? 吾輩を襲っても何にもないのである!!!」
小さな瞳に涙いっぱいに溜めて大の男が泣いている。というか半狂乱である。
「べっつに何のしないっすね!! ただ、服を脱がそうとしただけっすね!!」
「ギン兄、それじゃまるで追剥だから!」
「おっお お お おおお追剥ィ!!?」
「だから違うって! 俺は何も取ってないっすね! 服を脱がせたいだけっすね!」
「ギン兄、それじゃ変質者みたいだから!!」
「へッへへ変質者!!!! ぎゃー助けて欲しいのであるっ!!!」
阿鼻叫喚である。
ちょっと、収集がつかなくなっているとテントを開ける影が。
「一体……何を……騒いでいるんです?」
ニッコリと笑顔で入ってきたキン兄の顔は、笑っているはずなのに、その場を全て氷漬けにするぐらいの冷たい笑顔だった、と、のちに皆が語った。
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21.1.15 加筆あり
21.7.10加筆・修正




