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俺と蓮美さん  作者: kzH


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9/11

現実1


夏、蝉の鳴き声がひどく頭に響く。

客のいない店内で久世静は珈琲を飲んでいた。


「もうすぐ死ぬわ」


唐突だった。


レジ横に座っていた蓮美は煙草を咥えたまま「そうか」とだけ答える。驚きもしない様子に久世は笑った。


「少しは寂しそうにしなさいな」


「俺には関係ないことだ」


「本当に可愛げがないわねぇ」


蓮美は答えず、暫し沈黙が続いたがやがて久世が口を開いた。控えめに、しかしはっきりと。


「お願いがあるの」


「断る」


即答だった。その返答を予想していたようで、久世は苦笑する。


「まだ何も言ってないのだけど」


「どうせ面倒事だろ」


「そうねぇ…」


否定はしない。湯気立つカップを見つめながら、久世は続けて静かに話す。


「その子、近いうちにここへ来ると思うの」


蓮美は小さく舌打ちする、この時点で気付いていた。久世は自分ではなく別の誰かを当てにしている。


「幸人か」


久世静は少しだけ笑った。


「やっぱり勘は良いのね」


「気に入らねぇな」


「そうでしょうねぇ」


「ならやめろ」


「ふふ」


含みのある笑みを浮かべ、一口。


「その子はね、別に悪いことをしたんじゃないの。心も優しくて、良い子なのよ。だから私は助けてあげたい」


「…勝手に助けてろ」


「私じゃ間に合わないのよ」


蓮美も、久世も黙る。暫くして久世が窓から空を見上げながら聞いた。自分に問うたのかもしれない。


「卑怯だと思う?」


「思うならやるな」


心底忌々しそうに言われ、久世は困ったように笑う。


「ごめんなさいね」


静かに落とされたその謝罪だけは本物だった。


「でもね」


久世静は静かに続ける。


「幸人くんなら助けるでしょう?」


蓮美は答えない、当たり前すぎて。幸人ならば間違いなく助けるからだ。そして幸人が助けると言えば自分も助ける。それをこの女は知っている。


「……クソババア」


久世は声をあげて笑った。


その日の夏の空には、飛行機曇がどこまでも続いていた。


それから半年後、あの日と対照的に雪がしんしんと降っていた。

営業中の蓮美美容室は静かだ。窓の外では細かな雪が絶え間なく舞い続け、平日の昼間ということもあり客足は少ない。幸人はカウンターで本を読んでいた。


最近の日課だ。蓮美から渡された古い本に書かれている怪異について、霊力について。そして、人ならざるものについて。難しい内容も多かったが、不思議と読むことは苦にならなかった。


ページをめくる音だけが響く店内、蓮美は窓際で煙草を吸っていた。


「閉めるか」


「…さすがに早いですよ」


きままな店主に苦笑していると、タイミングよく人影が現れチリンと入口のベルが鳴る。


「いらっしゃいませ」


反射的に顔を上げる、入ってきたのは一人の男だった。三十代前後だろうか?背は高い。人当たりの良さそうな顔立ちをしているが、どこか疲れて見える。


男は店に入るなり振り返った。


「透」


外へ声をかけるが返事はない。幸人もつられて入口を見ると、ガラス越しの雪景色の中に一人の男が立っている。


痩せていて、顔色が悪い。肩には雪が積もっているのに払おうともしない。まるで店へ入ること自体を躊躇っているようだった。


「大丈夫だから」


男が言う。


「ほら」


しばらく沈黙が続いたが、やがて促されるようにその男はゆっくりと店内へ足を踏み入れた。


幸人は思わず息を呑む。近くで見ると想像以上だったからだ。目の下には濃い隈、頬は痩けている。それは何日も眠れていない人の顔に見える。


男の目は店内を見ていなかった。何か別のものを探しているように、落ち着きなく揺れている。


「座るか?」


先に入ってきた男が声をかける。


透と呼ばれた男は小さく頷いた。

それだけの動作すら酷く疲れて見えた。


「すみません、失礼します」


「どっどうぞ」


「……ありがとうございます」


掠れた声だった。


男、真鍋遼はそんな透の様子を確認してからようやく少しだけ安心したように息を吐いた。


そして鞄の中から一通の封筒を取り出す。

何度も開いて読まれたのだろう、端は擦り切れ、紙も少し黄ばんでいる。


「突然すみません」


真鍋はそう言って頭を下げた。


「俺、真鍋遼って言います」


それから隣の男を見る。


「こっちが桐原透です」


透は小さく会釈をした。


「実は……」


そこで一度言葉を止める。まるで何から話せばいいのか分からないように、そして。


「久世静先生の紹介で来ました」


幸人は聞いたことがない名前だ。しかし蓮美がピクリと肩を揺らす。それまで煙草を吸っていた蓮美だったが、ゆっくりと顔を上げた。


その封筒を見た瞬間、


「あのババア」


と、小さく呟いた。


死んだはずの女が。

本当に面倒事を送り込んできたのだ。


蓮美は煙草を灰皿に押し付けると、真鍋が持っていた封筒を顎で示した。


「寄越せ」


真鍋が慌てて封筒を差し出すと、蓮美は中身を取り出しざっと目を通した。


読んでいる間、誰も口を開かない。幸人も何となく声を掛けられず、透は俯いたまま。真鍋だけが落ち着かない様子で蓮美と桐原を交互に見ていた。


静かすぎる店内に耐えきれず、幸人は立ち上がった。


「お茶…いれますね!」


誰からも返事はなかったが、そのまま奥へ向かい急須を取り出す。


不思議だった。何があったのかはまだ何も知らない、それでも。あの桐原透という男が普通の状態ではないことだけは分かる。


湯呑みにお茶を注ぎ、盆に乗せて戻る。


「どうぞ」


透の前へ置く。


「……ありがとうございます」


掠れた声だった。

その手が伸び、湯呑みを持ち上げた瞬間。僅かに茶が揺れた。彼の手は震えている。幸人は思わず視線を落とした。


手だけじゃない、肩も、呼吸も。

何かを堪えるように小刻みに震えている。


桐原はそれを隠そうとするように両手で湯呑みを包み込んだ。その様子を見て、隣に座る真鍋が苦しそうに顔を歪める。


慣れているのだろう。

そして慣れてしまうほど長かったのだろう。


幸人は何も言えず、店内に沈黙が広がった。


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