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俺と蓮美さん  作者: kzH


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8/11

見たかった


1月も終わりに差し掛かった頃のある日、営業を終えた美容室は静かだった。蓮美は営業後どこかへ出掛けたらしく姿はない、大方煙草が切れてコンビニに買い物へ行ったのだろう。


ふと外を見ると雪が降っていた。幸人は二階のベランダに出て澄んだ冬の空気を深く吸い込む。そこまで都会ではない街はしんしんと降る雪に包まれ眠り始めていた。


遠くの道路を走る車、コンビニの灯り、坂道の途中に立つ自動販売機。昼間とは違う静かな景色が広がっている。


その時背後でかさり、と音がした。

振り返るといつものように部屋のコンセントから黒い髪が伸びていた。だが、様子がおかしい。 


「ハツ?」


蛇のように床を這い回り、窓際へ集まっている。


「…どうしたの、」


返事はない。髪はさらに増え続ける。


窓、壁、天井。


家の中のあちこちから現れた髪が静かに広がっていく。見た事もない異様な様子に後退りする。


「静かに」


初めて聞くほど、冷静な声。自分には分からないがきっと良くない事が起きている、そう肌で感じた。


明らかにいつもと違う。緊張している、いや…怯えているようだ。


「…どうしたの、ハツ」


もう一度問いかけてみるがやはり返事はない、代わりに伸びてきた髪が幸人の腕に絡みつく。ゆっくりと、しかし有無を言わせず室内へ引っ張ろうとしていた。


「え、」


「こっちに、早く」 


短い言葉。何を意味するのか考えた一瞬、幸人は違和感を覚え振り返った。振り返ってしまった。


ベランダから見える坂道、その一番下。街頭に照らされて誰かが立っている。小さな人影…子供だろうか?こんな時間に?そう思った瞬間。


ハツが声を漏らした。


「……あ」


幸人の背筋が冷えた。


髪が強く幸人の腕を引く、まるでそこから離したがっているように。しかしもう遅かった。


坂の上の人影がゆっくりと顔を上げ、距離は遠く顔なんて見えるはずがないのに。それなのに。目が合った気がした。


ぞわり、と全身が粟立つと同時に人影が走り出した。坂道を真っ直ぐこちらへ向かって異様な速さで街灯を通り過ぎる。


一本、二本、三本。


あり得ない、人間の走る速度じゃない。そして大きく手を振った。幸人へ向かって、満面の笑みで。


「っ!」


幸人は窓から飛び退いた。


同時にハツの髪が勢いよく窓を塞ぎ、カーテンを引きずり下ろしさて窓枠を覆い隠す。家全体が警戒しているみたいだった。


数秒もしないうちに外階段から音が聞こえる。


ダダダダダダダダダッ!!


玄関まで誰かが一気に駆け上がってくる。


そして…静寂、数秒後。


ドン!!


家が揺れた。


ドンドンドンドンドン!!


玄関が力任せに叩かれる、まるで壊そうとしているみたいに。その恐ろしい何かの圧に、幸人の喉が鳴った。


玄関の様子を見に、廊下に出る。


叩かれる都度にドアは派手に揺れていたが、ハツの髪が玄関を覆っている為かその何者かは入ってこれないようだ。ただ何か嫌な予感がどんどんと増していく、次の瞬間…


バチン!!


何かに叩き返されたように髪が吹き飛び、ハツが苦しそうに息を呑んだ。伸びていた髪が一斉に引き戻される。


「ハツ!」


ドンドンドンドンドンドンドン!!


玄関が激しく揺れる。


ピンポーンッ


ピンポーンッ


ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンッ


チャイムが狂ったように鳴り響く中で幸人は動けなかった。ハツは弱っているのか返事がない、ただ髪が守るように幸人の周囲を取り囲んでいる。


このままだとまずいのは本能的にわかっていたが幸人にはにはどうする事もできない。弱ったハツを助ける事も、ドアの向こうにいる何かに立ち向かう術も無い。


「ハツ、ごめん…!」


ぎゅっと髪を握りしめ目をつむる。

こんな時に蓮美さんがいてくれたら…と、心の中で蓮美に助けを乞う。


その時だった。


ドゴォッ!!


外から凄まじい音が響き、玄関を叩く音が止まった。訪れた静寂に幸人が顔を上げると低く聞き慣れた声。


「おい」


次の瞬間、


ドガンッ!!


何かが吹き飛ぶ音がした。


「人ん家の前で騒いでんじゃねぇ」


ドゴォッ!!


幸人が唖然としていると、ずっと黙っていたハツがぽつりと呟いた。


「かわいそう…」


ハツも過去に同じ目に遭ったようなものだ、同情して当然だろう。幸人は何も言えなかった。


そのうちに静かになり、ハツの髪もひと束を残して全てコンセントに帰って行った。いつも通りに戻った玄関のドアが開くと、そこに立っていたのは蓮美だった。片手にはコンビニ袋、そして当然のように咥え煙草で。


「なんだ、バカみてぇな顔して」


「…あの、外に何か…いませんでした?」


おずおずと聞いてみると、特に気にもしてない様子で靴を脱ぎながら「さあな」と答える。


「何だったんですか」


「知らん」


煙を吐き、当たり前みたいに続けた。


「もう来ねぇよ」


不安そうな顔で見上げる幸人の頭をポンポンと叩いて蓮美はリビングへ。


蓮美が言うぐらいだ、もうアレは絶対にやってこないのだろうと確信が持てた。ホッと安心している幸人を見てハツもようやくゆっくりとコンセントへと戻っていった。


「あっ、ハツ!ありがとうね!」


返事をするのも億劫なのか返事はなかったが、最後に髪がピロピロと手を振るようにして消えていった。どういたしまして、という事だろう。かなり力を消費してしまったのかもしれない。


そしてリビングに幸人も戻り、また蓮美に先ほどの出来事について聞いてみた。が、どうでも良いだろうと一蹴される。


「でも、あんなの毎回来られたらハツが…」


「アイツが弱いのが悪いだけだ」


でも、とまた食い下がるとふーっと煙を吹きかけられる。


「げほっ」


「それならお前も修行しろ」


「げほ、修行…?」


「ちょっと待ってろ」


そう言って蓮美は立ち上がり、本棚から古びた分厚い本を幸人に投げて寄越した。相当古いもののようだが保存状態はとても良い。


「それでも読んで勉強しろ。お前には霊力はある、使えてないだけで」


「霊力…」


パラっと本を開いてみると、見慣れた文字が。不思議とまるで自分の書く字とそっくりだったのだ。


「あの、これって誰が書いたんですか?」


「…世界一のバカ」


それだけ言うとリビングを出て行ってしまった。すぐあとに階段を降りる音が聞こえる、恐らく一階の美容室へ行ったのだろう。ひとりにされ、幸人は本の内容に意識を移す。


「妖と神力、」


そこには不思議な事がたくさん書かれていた。信じられない事、夢物語のような事。ただ、ハツの存在や今日の出来事が幸人を深く納得させる。


幸人はその日からその本を毎日毎日読みふける事となった、これから先に待ち受ける怪異との闘争を予知したかのように。



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