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俺と蓮美さん  作者: kzH


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7/12

歪な関係


怪異である彼女に名前があると知ったのは、あれから暫く経った頃だった。


「ハツ?」


幸人が聞き返す。コンセントから伸びた黒髪が、少しだけ揺れて返事をした。


「はい、仮名でハツと書きます」


「良い名前だね、じゃあ俺もそう呼んでもいいかな」


髪が嬉しそうに頷いてみせる。

名前から察するに、ハツが生きていたのは幸人が生まれるよりもっともっと前の事だろう。お婆ちゃん世代でありそうな名前だし、深くは聞いていないが時代的に色々と抱えて今の姿になった事は容易に想像がつく。しかし彼女はとても明るく、最初に感じていた恐怖心はどこへやら。怪異との共同生活とは、思ったより普通だったのだ。


朝起きると洗濯物が畳まれていたり、料理をしていると必要な調味料を渡してくれたり。掃除を始める前に終わっていることも多々あって家のことなら大抵ハツの方が詳しかった。


「ありがとう」


そう言うたびに髪が嬉しそうに揺れる。


そんな中ひとつ問題があるとすれば、それは距離感だった。ソファに座れば隣に来る、本を読めば肩に髪が触れる、料理をしていれば後ろから覗き込んでくる。悪気はなく、ただ懐いているだけだった。

それ自体に問題はないのだ、問題なのはハツではなく別の人間…この家にいる人間といえば。幸人とハツを除いてただひとり。


例えばある夜の出来事。幸人が櫛を持ち膝の上には黒髪、コンセントから伸びたハツの髪だ。


「引っかかってない?」


「はい、大丈夫ですっ」


嬉しそうな声色に心がポカポカする中、幸人はゆっくりと綺麗な黒髪を梳いていく。ハツは昔姉に髪を梳いてもらっていた。だからハツ本人も、その話を知っている幸人も、この時間が好きだった。


その時、背後から足音。その主は蓮美だった。


幸人の手元に視線をやり、黒髪を視界に入れて数秒。出てきた言葉は…


「甘やかすな」


それだけ言って去っていく。その様子に幸人は「え?」と、理解ができないように首を傾げた。

しかしハツは言葉の意味を理解した様子で、膝の上の髪がみるみる縮こまりスルッとコンセントに無言で戻って行ってしまう。

意味がわかっていない幸人はポカンとひとり取り残された。


別の日。

怪異である彼女は写真に写るのだろうか?少し気になって、ハツにスマホを向けて撮ってみる。が、何も写らない。影すらも。


「え、写らない…」


もう一枚撮ってみるが、やはり写らない。首を傾げる幸人の様子を見てハツが笑いながら言った。


「写りませんよ〜」


「なんで?」


「もちろん、死んでるからです!」


あははっと2人で笑う。どうにかして撮影できないか?と試行錯誤の末に最後に一枚だけ、幸人の肩に掛かった髪が写った。その写真に幸人はとても喜んだ。ハツは友人でもあり、家族でもあるような特別な存在へなってきていたからだ。


そんな風に思ってくれる事が、ハツもとても嬉しくて仕方がなかった。


しかしその写真を見た蓮美はたった一言。


「消せ」


さすがに嫌だ!と幸人は拒否をした。蓮美は眉をひそめて不服そうにしていたが、それ以上は何も言わなかった。


また別の日。

蓮美と一緒にコンビニへ行き、買ってきたプリンを取り出す。そのうち一つをテーブルに置き、ハツが食べられるかどうか問おうとしたその時。横からすっと長い手が伸びてきて、持っていかれてしまった。


「あっ」


素知らぬ顔をして蓮美は包装を剥がしている。


「蓮美さん、それハツにと思って買ってきたやつ…なんです、けど」


一口、二口、三口。せっかく買ってきたのに、と幸人が困っている様子を見て蓮美は一言。


「そもそも食わねぇだろう」


言われてみればそうなのだけど。


そんなこんなで蓮美はハツのことをよく思っていない様子に見え、幸人は頭を悩ませていた。暫く一緒に過ごして、ハツがとても良い怪異だという事は充分理解した。害もない、悪意も感じられない。

だからこそ蓮美には仲良くしてもらいたかったが、どうにも蓮美にその気はないようだ。追い出したいわけではないようだが、目障り…というのが正しいのだろうか。


一切頭に入らないテレビをボーッと眺めながら、そんな風に悩みふけっていると。


「おい」


怒気を含んだ低い声が頭上から降ってきた。

ハッとして顔を上げると、いかにも不機嫌そうな蓮美。ふと横を見ると黒髪が半分以上のスペースを占領していた。


「邪魔」


次の瞬間、ハツの髪が宙を舞った。


「きゃっ」


一瞬だった。髪を束にして掴み、そのまま思い切り引きちぎられる。


「蓮美さん!?」


「調子乗んな」


ポイっと無造作に捨てられた髪は、端から火がつき煙をあげて燃え尽きてしまった。


「うっ、ひどいですぅ…!」


千切れた髪はコンセントへ戻っていき、中から小さなハツの抗議が聞こえる。


「うるせぇ」


ドカっと隣に座り、じろっと幸人を睨みつける。少したじろいだ幸人だったが流石にハツが可哀想だ。


「な、なんでそんなひどいことするんですかっ」


「邪魔だからだろ」


「で、でも、いつもじゃないですか。家の事も手伝ってくれてますし、もう少し優しくしてあげてくださいよ!」


どんどん不機嫌になっていく蓮美の表情に内心震えながら、一生懸命抗議する幸人。蓮美は気に入らなかった。


「お前がいればそれでいいんだよ」


「…え、」


何を言い返されるか身構えていた所に、予想外の言葉が返ってきた。理解が追いつかずきょとん、としているとふーっと煙を顔面に吹き付けられる。


「げほっげほっ、ちょ、っと!」


「飯」


「はあ?…もう、なんなんですか」


意味がわからないといった様子で涙目になりながらキッチンへ向かう幸人。その背中を見送ると足元からひと束の髪が顔出し、ハツが様子を伺いにきた。


「ここにいたいのなら俺の機嫌を損なわない事だな」


ジロッと睨みつける。


「幸人が望むから見逃してるだけだ」


ハツはそれを聞いて、黙ってまたコンセントへ戻った。


その日以来ハツは学習した。蓮美がいる時は近寄らない。同じ部屋にはいるし、手伝いもする。しかし幸人に触れる事はせず、傍にいない。蓮美がいなくなると途端に傍にまとわりつき、よく懐いた。


「うーん、これで良いのかなあ」


確かに蓮美が機嫌を損ねる事はなくなったが、本当にこれでいいのだろうかと幸人は頭を悩ませる。その姿を見てハツは言う。


「良いんですよ、蓮美さんが幸人さんを想う気持ちは私も少しだけ分かるんです」


「どういうこと?」


「私も姉の事がだいすきでしたし、今も好きですから」


「全然違うくない…?」


「遠からず近からずって感じです!蓮美さんはそれだけ幸人さんを大事にしてるって事ですよ」


「それは嬉しいけど、」


蓮美は自分の事を都合の良いこま遣いとしか思ってないだろう、とため息をつく。本当の事など知りもせず。


詳しくはハツも聞いたわけではないが、なんとなく察していた。蓮美が幸人へ向ける感情は並のものではない。

ハツ自身も姉に寄せる想いは他人には理解できないものだろうと自負していた。これから先も帰ってこない事はわかっている、自分は男に勝てなかった事も、捨てられた事も。それでも尚自分は姉を待つ気持ちが捨てられない。だからここに留まり続ける他ない。

蓮美の場合も近からず遠からずだ。蓮美は何かしらの執着を幸人に持っている、ふたりは出会ってまだ1ヶ月弱なのにそんな人間にここまで執着を見せるのは異常だ。


鈍い幸人は気付いていなかったが、ハツは勘付きつつあった。蓮美と幸人の見えない運命に。


「さて、洗濯でも干そうかな。今日はいい天気だしね」


「さっき回しておきました!」


「ありがとう」


その運命がどんなものなのかはわからない。ただ、長い年月を経てまた手に入れたひと時の平穏に今は甘えてしまおう。とハツは口をつぐんだ。



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