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俺と蓮美さん  作者: kzH


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現実2


その静寂を破ったのは蓮美だった。


「で」


封筒をカウンターへ放り、新しい煙草に火をつける。深く吸い、煙を吐く。


「何があった」


憔悴した様子の桐原は俯いたまま動かない、代わりに真鍋が口を開いた。


「…俺から話します」


その言葉に桐原の肩がぴくりと動く。止めようとしたのかもしれない、でも言葉は出なかった。


真鍋は一度だけ桐原に視線をやり、意を決したように話し始めた。


「多分、二年くらい前からです。最初は遊びだったんです」


隣の桐原はやはり俯いたまま動かない、否定も肯定もしない彼の代わりに真鍋が続ける。


「俺は地方の出身で、透は会社の同期で。俺の地元は田舎だから色んな珍しい逸話があったんです、よくある都市伝説というか…」


「くだらねぇな」


蓮美が即座に切り捨てる。その言葉に真鍋は苦笑し、バツが悪そうに頭をかいた。


「本当に…そう思います。その話で盛り上がったあと、ある日透が鏡の前である事をすると良くないものを見るってやつを試したんですよ」


そうしたら、見てしまったと言う。


「……なにを?」


ごくりと喉を鳴らし、幸人は問う。真鍋は少し言葉を詰まらせて桐原をチラリと見た。すると顔を上げることもなく、俯いたままの桐原が言葉を絞り出す。


「なにかは、わからない…とにかく…恐ろしかったんだ…」


店内が一層静けさを増し、幸人は思わず息を呑んだ。


「…白い着物を着てた。顔には、たくさん…お札が貼って、あって」


必死に続ける桐原の肩が震えを増していき、見かねた真鍋がそっと肩に手をやり静止する。もういい、そう言うかのように。代わりにまた話しだす。


「話を聞いた俺も、最初は気のせいだと思ったんです。でも、その後も色々あって…」


震える桐原の背中に手を添えながら、真鍋は言葉を選ぶように続ける。


「首に変な痣ができたり、昼夜問わずソイツを見たり。部屋にもおかしなものが残っていたそうで、片付けてあったので実際に見てはいませんが、俺も部屋で臭いだけ確認しました…ひどい臭いだった。どんなに消臭剤をかけても消えなくて、…泥のようだったと、聞いてます」


「病院は」


「もちろん行きました、でも何も分からなかった…」


真鍋は小さく息を吐いた。


「俺も最初は信じてなかった」


そう言って悲しそうに桐原を見る。


「でも本当におかしくなっていって、」


その言葉に桐原は何も反応しない。肩も、湯呑みを握る手も、震えているだけだ。


「それで色んな寺や神社を回って、最後に久世先生のところへ辿り着いたんです」


ずっと緊張しながら聞いていた幸人は初めてそこで少し安心した、少なくとも助けてくれる人はいたのだと知って。


「先生は快く助けてくれました」


真鍋の声も久世を思い出したように少し柔らかくなる。


「しばらく本山で世話になって、それこそ半年近く。供養もしてもらって、透も少しずつ落ち着いていって、正直終わったと思いました」


真鍋はひとり頷いた。


「先生も、もう大丈夫だろうって」


再びわずかな沈黙が落ち、真鍋は小さく息を吸ってから続ける。


「でも、その矢先に先生が亡くなったんです」


その瞬間、桐原の指先が強く湯呑みを握った。

湯呑みの水面が揺れる様子に気付き、幸人は思わず桐原を見た。唇を噛み、歯を食いしばり、何かに耐えている様子だった。


「それからです」


隣で見ていた真鍋の顔も曇る、思い出す事もはばかられるような事がふたりには沢山あったのだろう。それほど恐ろしい体験だったと、その様子を見れば容易に想像がついた。


「最初は…夢だったみたいです。窓の外とか、道の向こうとか。遠くに立ってるだけなんですけど」


真鍋はそこで言葉を切って、蓮美に顔を向ける。助けを乞うように。


「最近は起きてる時もまた見えるようになって」


そこまで聞いて、蓮美は特に何も感じてない様子でまた新しい煙草に火をつけた。続きを聞くまでもなく「で、」と紫煙を吐いて天を仰ぐ。


「どうにかしてほしいと?」


桐原の肩がぴくりと震えた。そして、長い沈黙。なんと答えたら良いのかわからない様子の真鍋も、何も言えずにいた。もちろん幸人も、何も言えない。


随分と経った気がした頃、ようやく桐原から掠れた声が漏れる。


「……分からないんです」


「あ?」


初めて蓮美が怪訝そうな顔をした。

桐原は俯いたまま続ける。


「見たく、ないんです…」


震える声だった。


「見たら、駄目な気がして…」


その言葉に。


蓮美だけが僅かに目を細めた。そして少し考えたあと。小さくため息を吐き、煙草を灰皿に押し付け立ち上がった。


「家を見せろ」


真鍋が驚いたように顔を上げた。


「え、」


「桐原の家だ」


桐原の肩が強張る。帰りたくない、その感情が誰の目にも分かるほどだった。それでもそうせざるを得ない事は理解しているのだろう、小さく頷いた。


「…分かりました」


そして蓮美は幸人にふたり分の上着をニ階からもってこいと指示をする。ふたり分、という所に引っかかった幸人が首をかしげる。


「お前も行くんだよ」


当然のように言われたが、意味が分からなかった。


「…はい?」


「聞こえなかったか」


「いや、あの」


幸人は思わず真鍋と桐原を見る。

こんなにも必死に助けを求めてる人達を目の前にして言いたくはないが、自分にはなんの力もなく何の手助けにもならない。なぜついていく必要があるのだろうか。


「いい機会だろ」


「そんな、まだあの本の内容全部頭に入ってないし…っていうか、俺何ひとつ習得できてないしっ」


「本読んで怪異が祓えるなら苦労しねぇよ」


正論だった。ぐうの音も出ず、幸人は口を閉じるしかない。


正直怖いというのもあった、話を聞いているだけでも十分怖かったのに。それなのに実際にその場所へ行くなんて。その恐ろしい怪異と、蓮美と一緒とはいえ対峙するなんて。胃が痛くなりそうだった。


「…はい」


結局、観念するしかないのだが。


真鍋はそんなやり取りを見て、蓮美が良い先生に見えたのか少しだけ表情を緩めた。


その横で、立ち上がろうとした桐原の身体が不意によろめく。


「あっ」


幸人が咄嗟に腕を掴んだ。支えた身体は身長のわりに思った以上に軽い。骨ばった肩が触れて、幸人は思わず息を呑む。桐原は驚いたように顔を上げた。


近くで見ると目の下の隈はさらに濃く、酷く疲れ切っていた。


「大丈夫ですか?」


ありふれた言葉だった。桐原は答えず、ただ幸人の顔を見ていた。


この子は…怪異の話を聞いても、異様な体験を聞いても、一度も疑わなかった。そして化け物のことを聞かなかった。


ずっと、自分のことばかり気にしていた。

その事実に、桐原自身が気付いていた。


やがて小さく口が開く。


「……大丈夫じゃ、ないです」


掠れた声だった。


その声に真鍋がばっと顔を上げる。桐原がそんな事を口にしたのは久しぶりだったからだ。


「ずっと怖いんです」


誰に言うでもなく、ぽつりと零れる。


「もう、疲れて……」


そこで言葉が途切れた。

幸人は何と言えばいいのか分からない、励ますことも出来ない。不用意に大丈夫だとも言えない。何も知らないから。


けれど、だから、ただ正直に言った。


「じゃあ、終わらせましょう」


何の根拠もない言葉だった。


怪異を祓えるわけでもない、蓮美がいるからきっと大丈夫だろうという意識はあるものの、助けられる保証はない。幸人自身にはそれこそなんの力もないから余計に言えなかった。それでも。


桐原はその言葉を聞いて、何も言わずに幸人を見つめていた。その横で蓮美が鼻で笑う。


思考が止まった桐原は、ゆっくりと視線を落とす。胸の奥に残っていた冷たい不安がほんの少しだけ和らいだ気がした。


久世静が最後にこの場所を頼った理由。

桐原は少し、分かった気がした。


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