芸達者
(もう……詰めが甘いポンよ! ご主人!)
旅だからこそ、起きたハプニング。
決して油断していたからダメな部分が出たわけではない。
情けない顔をする沙也加にたぬきちはそう感じて、更にはなんかこう自分にもダメージが通ったような気もした。
(詰めが甘いのは、ボクも同じような気がしてきたポン……)
というか、この件に関して言えば、浮かれポンチなのは、自分のような気がして――
(か、考えるとドツボにはまるポン! 相手は課長さん以来の、ボク以上のシゴデキ……かも知れないポンよ!)
自らを鼓舞して、再び四足歩行モードから二足歩行モードにメタモルフォーゼした。
「クキュ、クキュクキュ♪」
わざと口を大きく開けて、日本語を発する時と同じような動きを見せた。
たぬきちの意図を理解したのか、沙也加は小さく頷くと、たぬきちの口の動きに合わせて言葉を発した。
「ボクは浴衣が好きポン♪」
(ナイスご主人ポン! きっとこれで乗り切れるポン!)
そう、たぬきちが講じた策は腹話術であった。
たぬきが二足歩行を覚えて、腹話術も覚える。
少し芸達者過ぎる気もしないでもないが、ストーリーラインは崩れていない。
あとは、恥を捨ててどこまでやり切れるのか、ただそれだけである。
つまり、沙也加次第ということではあるのだが――。
「ボク、この大きなレッサー君に浴衣を着せてあげたいポン! 推し活ってやつをしてみたいポン!」
恥などなんのその! 若干、女将が引いていても、全く怯まない。
沙也加の完勝である。
というか、口さえ動かしていれば、天然温泉もびっくりなほど出てくるアドリブの数々。
更には、揺れる尻尾を表現する為に身振り手振りまでする始末であった。
(これはこれで複雑ポン……ね)
マスコットキャラのように語尾に「ポン」と付けて、大袈裟な反応を見せる沙也加。
この場面ではベストアンサー。
けれど、飼い主としては、普通に口パクくらいで良い。
(――それにポン)
腹話術ということは、沙也加が演じるたぬきちは、傍から見た自分ということになる。
つまるところ沙也加から見た、たぬきちの姿がこれということなのだ。
このまま口パクを続けるか、否か……悩むところではあるが、たぬきちは熟考した結果。
(乗りかかった船ポン! こうなったら最後まで付き合うポン!)
助け船を出すだけに留まらず、舵を切ることにした。
「クキュ、クキューン♪」
「浴衣もそうだけど、豆茶も持っていくポン♪ って、え――っ?!」
急旋回、突如として切られた舵にさすがの沙也加も固まってしまう。
けれど、女将は偶然起きたノリツッコミに、一人と一匹が積み重ねてきた日常を垣間見たようで、
「うふふ♪ 飼い主さんも大変ですね! ですけど、ほんと芸達者なたぬきさんね〜!」
そう言って、二足歩行モードで口をパクパクさせるたぬきちの頭を撫でたのだった。




