第96話 飼い主とペットの真理
サービスエリアから車を走らせること三十分。
たぬきちと沙也加は高速道路を降り、左側には竹林、右側には日本最大の湖が広がる下道を走っていた。
「もう、そろそろなんだけどな〜」
沙也加は少し運転にも慣れてきたようで、急発進とカックンブレーキはなくなり、ナビの案内に従って目的地である旅館に向かっていた。
けれど、
「あ、ご主人! 旅館は、二つ先の信号の右側にあるっぽいポン!」
シートベルトを握り締め、後部座席から覗くたぬきちのサポートは欠かせない。
「ほんとだ! さすがたぬきち♪」
「クキュ♪ 任せるポン!」
「いやー、やっぱりたぬきちは頼りになるな〜!」
助手席に乗せた等身大ご当地レッサー君のぬいぐるみに視線を向けてから、ルームミラーに映るたぬきちの姿を見て、ニコニコ。
サービスエリアでお土産がどうこう色々と言っていたのに、もうすっかり忘れている始末である。
(やっぱり、ご主人って単純ポン……)
相変わらず過ぎて心配になったたぬきちであったが、
(あ、もうそろそろ着くポンね!)
ナビに表示された旅館との距離に冷静になり、シートベルトを自分の体からペットケージにかけ直した。
そして、自分がケージに入ると第三の手と化した尻尾を器用に使って扉を閉めた。
ちなみに沙也加とペアルックのシャツは、もうすでに脱いでリュックにしまっている。
シゴデキたぬき、ここに極まれりである。
そんなことを知る由もない沙也加は、二つ目の信号で停まったタイミングで、声を掛けて、
「たぬきち〜! そろそろ着くから、ケージに――」
ルームミラー越しに様子を確認すると、
「って、ふふっ♪ もう入ってるし!」
微笑んだ。
「そこは任せるポン! ちゃんと擬態しないと楽しめないポンからね!」
擬態――すなわち、この旅々を楽しむための必須条件である。
たぬきちは、旅館ペット宿泊規約を丸暗記していたのだ。
ワクチン接種はもちろん、ケージに入っていること。
躾が行き届いていること。
その他諸々である。
「クキュ……?」
(ちょっと待つポン……こういうのって飼い主が熟読するところじゃないポンか?)
一瞬、飼い主とペットの真理に辿り着きそうになったたぬきちであったが、ガクンと車体が揺れて、
「ふぅ~……やっと着いた〜!」
沙也加の声が響いた。
(……あ、焦ったポン! 事故したと思っちゃったポン〜!)
慣れてきたときほど、なんとやらである。
しかも、相手は沙也加である。
仕事に関しては、責任感があり、調子に乗らない。
質実剛健といった感じだ。
けれど、プライベートは別である。
たぬきちが褒めてしまうとやる気を出す反面、調子に乗って注意散漫になってしまう。
(褒めて伸ばすっていうのも、難しいポン……)
飴と鞭、飴と飴――繰り返してきた日々にため息をつくたぬきち。
だが、それが功を奏したというか、なんというか、この関係の真理に辿り着く前に、車のドアが開いた。
「ようこそ、お越し下さいました。江ノ上さんですね!」
「あ、はい! 今日はお世話になります!」
「お世話だなんて、ゆっくり過ごしていって下さい!」
開いたドアの先にいたのは、桜色の着物を着こなす、白髪交じりの女性であった。
(あ、あれが女将さんポンか! それにしても見事な色合いポン!)
夏、祭りの季節、買い物の際に浴衣は目にした。
が、着物は初めてであった。
更には、初めての旅で――。
(映像とは全く違うポン!)
推しであるレッサー君の世界観を現代の人間から感じられて、たぬきちのテンションは最高潮に達していた。
「クキュ♪」
思わず、声が漏れてしまうほどに。
(しまったポン! 絶対……今の鳴き声、野生のたぬきっぽくないポン!)
野生のたぬきっぽいとは――?
まるで沙也加のような言葉を胸の内で零すたぬきちであった。




