ギャップ萌え
「はぁ〜……」
サービスエリア店内から出て、左側にある飲食コーナー。沙也加は黒豆ソフト片手にため息をついていた。
別に落ち込んでいるわけではない。
ただ、普通に疲れただけだ。
旅はまだ始まったばかりだというのに、なんとも前途多難である。
(――にしても、疲れた〜! なんで車のこと調べてこなかったんだろう……私のバカ!)
それどころか慣れない運転に、教習所ではお目にかかれないスポーツタイプの車。
さらには、突如として始まったたぬきちのレクチャーである。
沙也加でなくとも、誰だって疲れてしまう。
けれど――。
(でもなー、たぬきち楽しそうだったしな〜)
まずは下道から高速道路での出来事。
沙也加がハンドルを切るたびに掛かる、内臓がグイッと動くような普段の生活では経験することのないG(重力)に、時折、顔を歪めてはペットケージからはみ出るほどに、全身の毛を逆立たせていた。
誰がどう見ても、怖がっていた。
しかし、たぬきちの指導を受けて車の動きが安定してくると、たぬきちは、いつの間にかペットケージから抜け出していた。
それどころか、窓を少し開けて、レッサー君の主題歌を口ずさみ、流れていく景色に釘付けになっていた。
明らかに楽しんでいる。
だが、同時に不思議に思った。
一体、どうやって窓の開け方を知ったのだろうか?
(……そもそも交通ルールに対しての解像度、高くない?)
いささか疑問は残るが、それはそれとして。
その時のたぬきちは、シゴデキたぬきと言うよりは、尻尾をゆらゆら左右に振って、まるで遠足を楽しむ子供のようだった。
「ふふっ♪」
沙也加はルームミラーから見えたその時のギャップを思い出して口元を押さえた。
しかし、そこはシゴデキたぬき――たぬきち。
(でも、まさか、ご丁寧にシートベルトをするとは思わないよね)
落ち着いている時ならともかく、無意識に尻尾をフリフリ、目を輝かせている時も人間社会のルールをしっかり守ったのだ。
実にたぬきちらしいエピソードである。
「たぬきちってさ、本当面白いよね♪ いや、可愛いっていうか、ギャップっていうかさ――」
沙也加は、隣にいるたぬきちに微笑みかけた。
なんともお前が言うな――おまいうなシチュエーションであるが――
「あれ? たぬきち……?」
周囲には、旅行に来たであろう家族連れや、観光客、レッサー君のファンくらいで、愛しのシゴデキたぬきの姿はなかった。
初めての旅、初めて来る場所。
人集りも多いので、いささか不安ではある。
とはいえ、相手は三年間も人間社会に擬態してきたシゴデキたぬき。当然実績からくる確固たる信頼があって――
(きっと、おトイレかなんかだよね♪ じゃあ、その間に――)
沙也加は溶けかけたアイスをパクリ頬張って、店内にあるお土産コーナーへと駆けていった。




