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江ノ上さんの同居人は、犬でも猫でもなくて、シゴデキたぬきです!  作者: ほしのしずく


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母兼上司兼彼氏……?


 高速道路を走ること、数十分。

 時刻は十二時――ちょうどOLのお腹が空く時間帯。


 沙也加とたぬきちは、どうにか目的地の中間地点である、サービスエリアに着いていた。


「めちゃくちゃ疲れたよ〜! たぬきちぃ〜!」


 座席を最大まで倒して、後部座席に座るたぬきちに甘えようとする沙也加である。


 けれど――。


「ギャギャッ! 疲れたのはこっちの方ポン! 何度も言っているポンが……もう少し落ち着いて運転するポン!」


 たぬきちは毛を逆立たせて、ムスッとした表情を浮かべていた。


 先ほどまで褒めて伸ばしていた姿はどこへやらである。

 何事も飴と鞭――どうやら今は完全に【鞭】の時間らしい。

 

(完全にお説教モードだ……)


 こうなってしまっては話を変えない限り、たぬきちの不満連撃は止まらない。


 そう思った沙也加は、話を変えることにした。


「た、たぬきちさん? ほ、ほら、せっかくサービスエリアに来たんだし、ご飯とか食べない?」


 食欲に訴えかける作戦である。

 安直だし、なんというかたぬきちに通じると考えている時点でどうかと思うところだが、沙也加はいたって真面目なのだ。


 いや、実際は自分がお腹減っているというのもあるのだが――まぁ、そこはどちらでもいいのである。


「お腹ポンか……」


 座席から身を乗り出して、訴えかける沙也加に少し思うところがあったようで、たぬきちは尻尾をゆらゆらさせながら、前足を組んで考え込んだ。


(ど、どっちだろう……)


 お説教モードが継続されるのか、それとも提案を受け入れて、一緒にご飯を食べに行ってくれるのか、沙也加の心臓がドキドキ状態だ。


 しかし、どうやら様子を伺っていると、たぬきちもまんざらでもないらしく、お腹を撫でながら素早く方向転換した。


 そしてパツンパツンのリュックから、自分のスマホ――子供用スマホを取り出して、何かを見始めた。


(きっとサービスエリアのこと調べてたんだろうな……)


 何かをする時に重要な二つのこと。

 事前準備をすること。

 下調べをすること。

 なにを隠そう、今沙也加が仕事で当たり前のように使っているスキルの数々は、たぬきちから盗み取ったものなのである。


(……いや、盗んだというか、身に付けさせられたというか……ほぼ強制だったような気もするけど……)


 よくよく考えれば、実家の母よりもシゴデキの高橋課長よりも口うるさく厳しい教育訓練だった。


 沙也加がなかなかゴミの日を覚えないから、冷蔵庫にゴミの日カレンダーを磁石で留めて、会社の予定にプライベートの予定、休みに入ると忘れるから、スマホで共有できるカレンダーまで導入された。


「って、お母さん兼上司兼彼氏じゃん……」


 真剣な顔でスマホを見つめ、スクロールするたぬきちに、気付かれないくらいのボリュームで、沙也加はボソリと呟いた。


 だが、どこからかどう見てもたぬきなのである。


 ゆらゆら揺れる尻尾に、お日様のような香りがする肉球。

 近所付き合いも、子供の相手だってなんのその。

 お買い得品を買うこと。

 食生活の乱れを正すこと。

 それらに心から生きがいを感じている。

 お母さんという一面。


 予定の変更があったら事前に連絡すること。

 共有することがあるなら素早く伝えること。

 報連相に厳しい、上司っぽい一面。


 違う動物の匂いをつけてきたり、たぬきちとは違う動物の話をすると、低く唸り嫉妬する、彼氏? のような一面。


 一瞬、脳内CPUに引っかかりそうになったが、沙也加は考えるのをやめた。


 お母さんっぽくて、上司っぽくて、彼氏っぽくもある。


 それら全てを持ち合わせている唯一無二の存在――シゴデキたぬき、たぬきち。


 やはり言葉を並べても全く意味はわからないが、沙也加の中で一番腑に落ちた瞬間だった。


 物事は理屈ではないのである。


「ふふっ♪」


 そう小さく笑うと、考え込むたぬきちの手を引いた。


「取り敢えず行ってみよ♪ たぬきち」

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