旅はまだ始まったばかり
下道を抜けて、沙也加たちはどうにか高速道路に入ることができていた。
「えへへ〜♪ 慣れちゃえば、どうってことないかも」
先程まで、慣れない運転にビクビクしていたというのに今は打って変わって鼻歌まじり、とてもご機嫌な沙也加である。
まぁ、上手く運転できているのは、車の性能と後部座席からナビゲートしてくれるシゴデキたぬきのおかげなのだが――。
「ギャギャッ! よく言うポン!」
「ご、ごめんなさい! 調子に乗りました!」
「わかればいいポン! あ、ちゃんと前見てポン!」
「は、はいっ!」
沙也加がグイッ――ハンドルを切ると車体が揺れて、たぬきちの嫌いなお腹が押される感覚――遠心力が後部座席に伝わり、固定されたペットケージが端にズレて、
「ムギャ――」
たぬきちがその中で転んだ。
(こ、このままでは、命がいくつあっても足りないポン!)
なんとか体勢を立て直しても、すぐ隣には、今にもこちらに倒れてきそうな大きなリュック。
そして容赦なくブルブルと震えるエンジン。
沙也加がアクセルを踏む度、響くマフラーとかいう電車の汽笛のような音である。
街中を走るバイクに、宅配のトラック。
生活していく中で、見聞きしていた。
だが、実際に体験するとその音は凄まじかった。
いや、沙也加だからかもしれない。
とにかく、この小一時間で何度も命の危機を感じた。
例えば、進路変更。
ルームミラーから始まり、指示器→サイドミラー→目視の流れで安全を確保する。
たぬきちがネットで調べたらすぐ出てくるほどの基本的なことだ。
だが、沙也加は、ルーム→指示器→サイドミラー→目視という、確認の流れを終えても、なかなか車線変更できず、無限ループに陥っていたのである。
(そもそも、出だしからヤバかったポン……)
レンタカーショップから、不安ではあった。
しかし、まさかここまでとは――。
たぬきちは、呆れながらも華麗にペットケージから抜け出し、真ん中の少し小さめの座席についた。
そしてゆらゆら揺れるリュックをひょいっと持ち上げ、反対側の座席のシートベルトで固定し、自らはその場に座ってシートベルトを締めた。
「すぅ〜……」
息を整えるとルームミラーに映る沙也加に話しかけた。
「……ご主人、これは一回習ったことポンよ。思い出して落ち着いて、力を入れ過ぎずにハンドルを持つポン」
たぬきちが思いついたことは、実に簡単なことだった。
沙也加の奥に眠る経験を呼び起こしてあげればいい。
ただそれだけだ。
そもそも沙也加は、ただ自信がないだけで、覚えもいいし機転も利く。
※注)ほぼ職場での話である。
三年経って、ようやく家でも少し見られるようになったが――。
しかし、要は発想の転換なのである。
仕事に取り組み、一定の評価を得る。
職場では、その評価は給料やボーナスに反映されるからわかりやすいだけなのだ。
つまり――。
「ご主人はできるOLポン!」
褒めて褒めて褒めまくればいいのである。
特に今回は料理のように初めてすることではない。
しっかりと免許証を取得しているのだ。
実に短絡的なような気もするが、対沙也加にしては、これほど適した作戦はなかった。
「えへへ〜♪ 私ってできるOLだよね! うん! なんか怖くなくなってきたかも――」
もし誤算があったとすれば、沙也加が非常にノリやすい性格だったということであろう。
「あ――っ!!」
と沙也加の声が漏れた瞬間、車は急加速したのだった。




