前途多難な旅の始まり
沙也加の策略が明らかになった翌日。
沙也加とたぬきちが住まうマンションから、徒歩二十分。
駅前の商店街を抜けた先にあるレンタカーショップに、一人と一匹は来ていた。
「――江ノ上様が予約されたのは、4シーターのスポーツタイプのお車で間違いありませんか?」
「は、はい! そちらで間違いないです!」
オウム返ししたが、沙也加は不思議に思っていた。
スポーツタイプ? 車にスポーツタイプなんてあったっけ? 車は車であって、あとは乗車人数しか違いがない。 それなのに、スポーツタイプ……それは一体なんの話なのかと。
(……って今更聞けないし)
聞いたところで、別に選択肢が変わるわけではない。
2人乗りは、たぬきちのペットケージを入れただけで、いっぱいいっぱいになる。
かと言って、5人乗り以上になると、スペースを持て余すし、車幅が大きく不安でしかない。
(う、うん! 問題なし!)
カタログを見る限り、ハイブリッドとかいう燃費性能もいいエンジンらしい。
けれど、
(なんか、凄く目が鋭いような……)
目=ライトである。
車に詳しくない――もとい、興味のない沙也加は、ライト部分のことを目と呼んでいた。
それはそれとして、やはり知っている車とは、実家で見たような四角い車とは違う。
風を切って走りそうなフォルムにも見える。
(もしかして、間違ったのかな……?)
不安に思いながら、沙也加はふと隣のペットカートで伏せ状態のたぬきちに視線を向けた。
だが、これは沙也加の内なる声。
当然、たぬきちに届くはずもない。
沙也加は、そう思っていた。
「ギャッ!」
届いたのか、届いていないのか。
たぬきちは一声鳴いただけだった。
普段の沙也加であれば、三年という月日――偉大なるマンネリ化現象で、察することができたのだが、今に至っては違う。
いわゆる初めてのおつかい状態なのだ。
当然、冷静な判断などできるわけもなくて、
「うんうん! たぬきちも賛成だよね!」
心なしか眉間にシワを寄せるたぬきちに微笑み返した。
「承知致しました! では、こちらで契約となりますので、印鑑と2箇所と免許証のコピーを頂きますね!」
「わかりました!」
沙也加は無駄にハキハキとした口調でそう返すと、手続きを済ませたのであった。
☆☆☆
レンタルカーショップの敷地内。
沙也加は手続きを終わらせて、スポーツタイプの車に乗車していた。
「あの〜……すみません」
「はい? どうかされましたか?」
「あ、いえ。その――」
「あー、なるほど! 高速道路に向かいたいのですね! 右手に出れば、国道に出ますので――」
「い、いえ……そうではなくてですね――」
スポーツタイプの車に初めて乗った沙也加は、もう何が何かわからないでいた。
ひと通り説明は受けた。
保険の説明から、ペットは極力ケージから出さないこと。出す場合は後部座席でペット用シートベルトを使用すること。
そしてエンジンのON/OFF、アクセルやブレーキ、シフトレバーの操作、さらには乗車時に便利な機能まで。
もちろん道についても、事前にルートを確認済みであった。
それでも不安だったので、乗車した時に念の為、ナビに入れた。
だが、
(な、なに……この車……)
沙也加は改めて見て触れて思った。
確かにこれも聞いた。
色んなモードがあるので、楽しいと。
しかし、シフトレバーの近くにはドライブモードとやらを選ぶスイッチ、さらには少しアクセルを踏むだけで鳴る低いエンジン音である。
実家で乗った四角い4人乗りの車とは全く違って、沙也加は見たことも触れたこともない機能の数々に、パニックを引き起こしていたのだ。
(いや、待って――)
よくよく考えたら、4人乗りだというのに、5人乗りとのレンタル金額とそこまで変わらなかったような……というか、先程たぬきちにお伺いを立てた時、少し機嫌の悪い鳴き声だった気もする。
けれど、契約はもう済んでいるのだ。
(ここで変えたいって、さすがにね)
取引先と契約する大変さを思い浮かべて、喉元まできた言葉をグッと飲み込む。
そして、恐る恐る足を動かしたその瞬間――。
――キキッ!
「――グエッ」
慣れないことに加え、考え事までしていたせいであろう、アクセルではなく、急ブレーキを踏み、さらにはカエルが潰れたような情けない声を漏らした。
実にダメダメなご主人様である。
これが道路であったら大惨事だ。
だが、それを大惨事にしないのが、沙也加が沙也加である所以でもあるのかもしれない。
「あの、江ノ上様……そちらはブレーキです」
「えっ?! あ、はい! 大丈夫です! わかっていますから――」
そう言うと沙也加は、右足をブレーキからアクセルに乗せた。
――ブロロロッ。
「ほ、ほら! だ、大丈夫でしょう?」
「は、はぁ……」
「と、とにかく、大丈夫ですので〜! では〜!」
――ブロロロッ。
沙也加は、冷や汗をかきながら、制止しようとする店員を半ば振り切るように車を走らせた。
だが、それがシゴデキたぬきの琴線に触れたのだろう、たぬきちは後部座席から異議を唱えた。
「ギャギャッ!」
「もう怒んないでよぉ〜! たぬきちぃ〜」
こうして、前途多難な一人と一匹の旅々は始まったのであった。




