夕立ちは一瞬で
「――ギャギャッ! クキュ―……」
「よーく頑張ったね〜! たぬきち偉い! ほんとに偉いよぉ〜!!!」
すっかり飼い主っぽい沙也加の言葉と、たぬきちの鳴き声ならぬ、泣き声が響く待合室では――。
「めっちゃ鳴いてる……あのたぬき……」
「……うん、大丈夫かな?」
「大丈夫じゃないかなー? 沙也加さんついてるし、そもそも普通のたぬきじゃない気がするし……」
「普通のたぬきじゃない?」
「うん、なんかあの子、スーパーで見かけたマスコット? いや、着ぐるみか……って、どっちでもいっか。そいつに似てるんだよね……」
「マスコット? 着ぐるみ? どういうこと?」
「いや、ほら最近、うちのスーパーで買い物しているたぬきの話だよ!」
「あっ、あの買い物するたぬきさんの話?」
「そう! そいつ! あのたぬきが来てから、沙也加さんのり弁買いに来なくなったんだよねー……いや、常連さんに"そいつ"は失礼か……でも、やっぱり似ているんだよね……あんなにそっくりとかあるのかな……」
倉下真由美とその妹由紀が会話に華を咲かせていた。
話題はもちろん、沙也加とそのペットであるたぬきである。
「似ている……そうなんだ……」
(由紀ちゃんのピンチを救ったのが、先輩だったっていうのもびっくりだけど、スーパーでお買い物するたぬきと先輩のところのたぬきが似ているってどういうこと?)
しかも、沙也加はたぬきを犬と偽っていたわけで――
(やっぱり、ちょっと変だよね?)
偶然にしては出来過ぎている。
真由美は、そう感じていた。
とはいえ、だからなんだ? 状態でもある。
そもそも論として、たぬきが二足歩行をして歩くことはないし、買い物もするわけがない。
さらには、会社であれだけ仕事のできる沙也加のことだ。
たぬきを犬と偽ったことにも何か深い意味があるに違いない。
(そう……だよね? そうよ。そうに違いない! きっと何か意味があるのよ!)
オフィスで華麗に仕事を捌く沙也加の姿を思い浮かべて、真由美はグッと拳を握り締めた。
真実を知らないというのは、とても恐ろしいことである。もし沙也加がこの心の声を耳にしたら、卒倒するだろう。ほんと恐ろしい話である。
まぁ、知ったところで尊敬する沙也加の話なら、全部受け入れてしまいそうな雰囲気なのだが。
それはそれとして、沙也加にこれっぽちも、たぬき毛ほども懐疑心を抱いていない真由美の様子が気になったのだろう。
「お、お姉ちゃん?」
同じくぶつぶつ言っていた、由紀すら心配になったようで、真由美の肩に手を置いた。
「えっ、あっ、ごめんごめん! もう大丈夫だから!」
「大丈夫ってなにが?」
「ううん、こっちの話よ!」
夕立ちが止んだあとの空のように、スッキリした顔の真由美である。
一方で、由紀の表情は曇りまくっていた。
夕立雲どころか、大雨がきそうな積乱雲が空一面に広がっているかのように。
「こっちの話って……」
そうこぼすと、やはり腑に落ちていないようで、診察室を見つめてはため息を吐いて首を傾げていた。
(さすがに混乱しちゃうよね……)
沙也加がたぬきを犬と偽っていたこと。
その沙也加が来なくなったタイミングで現れたスーパーのマスコット。
そして診察中の似ている感情表現豊かなたぬき。
偶然とはいえ、色んなものが重なり過ぎている。
でも、由紀は知らない。
職場の沙也加はモラルがあって、愛嬌もある。
困っている人がいれば、声を掛け助ける。
けれど、ただ尽くすではない。
ちゃんとアシストする感じで。
もちろん、任された仕事も同時進行でこなす。
部下からも同僚からも会社上層部からも評価が高い。
その上、お弁当も作ってくるのである。
(あの先輩の姿を由紀ちゃんも知っていたら、混乱しないと思うんだけど……)
「にゃ〜」
「みぃちゃんもそう思うよね!」
すっかりたぬきと沙也加に化かされている真由美であった。




