表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
江ノ上さんの同居人は、犬でも猫でもなくて、シゴデキたぬきです!  作者: ほしのしずく


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
86/86

第86話 シゴデキたぬき、注射に敗れる。

 シゴデキたぬきは何処へ――ワクチン接種証明を得るため、叫んでは暴れ、最後は泣き出す――まるで人間の子供の診察を繰り広げて、三十分後の待合室。


 ペットカートの中で、使い古したタワシのようにボサボサヘアになっているたぬきちを労りながら、沙也加は会計を待っていた。


「たぬきち、お疲れさま」

「クキュ―……」

 

 沙也加が撫でても尻尾を揺らして返事をするので精一杯である。


「あはは〜……まぁ、誰だって疲れちゃうよね」


 浮かぶは、診察室での立ち合い。


 確かにたぬきちが見せたのは、人間の子供のような反応であった。

 けれど、院長の処置(こうげき)が忍、暗殺者のように的確に素早く、お尻に二撃入れ、たぬきちが叫び、どうにか逃げようとジタバタしようとも、ビクともしない。

 

 それどころか、涼しい顔をして血を止めたり、注意点を説明したり、いつも通りであった。


 あれを前にして、ショックを受けない方がおかしい。


「って、そういえば……」


 沙也加は、たぬきちの毛並みを整えながら、ふと思い出した。


(……真由美ちゃんも由紀ちゃんもいない)


 二人の明るい声色も、落ち着いた声色も聞こえないし、姿も見えなかった。


(あ、お会計終わって帰ったんだ! 真由美ちゃんと由紀ちゃんには、悪いかもだけど、ナイスタイミングだよ〜!)


 絶体絶命、四面楚歌から逃れた沙也加は、胸の内で小さくガッツポーズしていた。


 まぁ、正確には逃れたではなく、目標達成できなかった仕事のように、ただ問題が棚上げされたというだけなのだが、それはそれとして――。


(バレてはいない……よね?)


 まるで波紋――落ち着きを取り戻したことで、その波紋は大きくなり、無数の波となって、ザバーンザッバーンと、激しい水飛沫を飛ばしながら、沙也加の心の内にある、堤防に打ち寄せていた。


 実に愉快なOLである。


 ――が。


《江ノ上さん、江ノ上さん会計の準備が整いましたので、受付までお願いします》


 タイミングよく、案内のアナウンスが響いた。

 このOL、タイミングと運だけは神がかっているのだ。

 全てはたぬきちのおかげかもしれない。


(今考えても仕方ないよね)


 沙也加の脳内では、後光を背にしたエプロン姿のたぬきちが、ありがたそうなポーズを取って、


「ふふっ、たぬきちが神様って――」


 笑いを堪えながら受付へと向かった。

 


 ☆☆☆

 


「――こちら保険証とワクチン接種証明と、ノミ・ダニのお薬になります。いつも通り半年分ご用意しています」

「ありがとうございます」

「クキュ―……」

「うふふ、たぬきちくんもお疲れさまでした! 今日はお母さんに美味しいご飯用意してもらってね」

「ギャギャッ!」

「あら? なにか不服なのかな?」

「あは――あはは〜! き、きっと、お腹減り過ぎているんです! お昼まだですし」


 差し障りのない看護師の言葉と、たぬきちの抗議の鳴き声に、苦笑いを浮かべるしかない沙也加である。


 とはいえ、ここでご飯を用意してるのは、このたぬきなんですとも言えないわけで――。


「なるほど。それはそれは! ヘソを曲げちゃいますね」

「あはは〜! そうなんですよ〜! こ、困っちゃいますよね〜! この子、結構食欲旺盛で!」


 どこか既視感を覚えるやり取りではあるが、嘘に嘘を重ねるしかなくて、


「グッ、ギャ――」 

「で、では、ありがとうございましたぁぁーーーー!」


 たぬきちの堪忍袋の緒が切れる前に、脱兎の如し素早さで病院をあとにするのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ