待ち受けているのは――?!
(これはまずいポン……)
たぬきちが、見上げると沙也加は、勤め先の後輩である倉下由紀に今に至るまでの真実を説明していた。
「いや、あの……その――実は飼っていたの犬じゃなかったんだよ〜! ほら! なんていうか、たぬきって届け出とかしないと飼っていけないしさ! 言ったら言ったで、誤解しちゃうでしょ? う、噂になると色んな尾ひれがつくしさ!」
色んな尾ひれ……独特の言い回しだが、そんなことを気にしていては、話は進まない。
だが、そんなことよりも、たぬきちには気になることがあった。
「キ……キュッ」
自分に降りかかった出来事に、思わず動揺しまくっている沙也加に助けを求めた。
「クキュ……?」
網目から僅かに見える表情的に、こちらの呼びかけには気付いている。
……だが、その願いは届かなかった。
隠し続けていた真実が、まさか動物病院で明かすことになると思っていなかったのだろう。
(ご、ご主人も精一杯って感じポンね)
けれど――。
(でも、どうしたらいいポン……こんなのどうしていいかわからないポン!)
初めて味わうシチュエーション。
四面楚歌――こんな状況、実生活はおろか【レッサーパンダ将軍、世渡り上手】でも目にしたことはない。
その状況とは――。
「あのさ、キミ……どこかで会ったことある?」
沙也加に会えたことに興奮していたかと思えば、「たぬき」という言葉を聞いた瞬間、倉下真由美がカートを覗き込んできたのだ。
(アルジン弁当の倉下さんがまさか、由紀さんの妹だったなんてやばいポン〜!)
知り合いどころか常連である。
このままでは、スーパーで買い物をしていたのが自分だということまでバレてしまう。
たぬきちは、どうにか疑いの視線をやり過ごそうと、下に敷いていた氷嚢の下に潜り込もうとするが、
「ギャ――」
(は、入る隙間がないポン〜!!!)
爪を引っ掛けようとも、第三の手と化した尻尾で補助しようとも、全く動く気配がない。
カート内の寸法(誤差1ミリ)合わせた氷嚢を敷いたからであった。
要はシゴデキであるが故の状況である。
(あそびを残しておけばよかったポン〜!)
何事もほどほどが大切。
完璧であることよりも、余白≒遊び心があることの方が大切。
それがないと思わぬところで躓いてしまう。
推しであるレッサー君の言葉を思い出して――。
「クキュゥ……」
ため息をついた。
後悔先に立たず、奇しくも愛すべきご主人と同じ気持ちになったわけだが、日頃の行いの良さからだろう。
運命の女神は、たぬきちを見捨てなかった。
「たぬきちちゃん、江ノ上たぬきちちゃーん」
と、誰かが彼の名前を呼んだ。
☆☆☆
「あっ! よ、よ、呼ばれたみたい! 詳しくは――またあとで説明するね!」
沙也加は、そう言って話を切り、ペットカートをグイッと近くに寄せた。
(ご主人! ナイス判断ポン!)
本音を言えば注射だって避けたい。
けれど、この状況から抜け出すことが第一優先である。
「うわっ! ちょ、ちょっと――」
カートに寄りかかっていた真由美は、体勢を崩して、
「先輩、ちょっと待って下さいよ! 今のじゃわからないですよ〜!」
いきなり犬がたぬきだったと告げられた由紀は、混乱しているようで、猫の入ったケージ片手に数歩踏み出した。
だが、ここは病院。
診察には順番があり、動物病院とは言えども、騒がしくするのは良くない。
その事実を証明するように、診察室から顔出した看護師が、声を上げた倉下姉妹に釘を差した。
「診察室に入室できるのは、飼い主さんとそのご家族のみとなっています。順番がきましたら、名前をお呼び致しますので、座ってお待ち頂けますようお願いします」
噛みまくって余計に怪しくなっているところは、ともかく、沙也加のおかげで、たぬきちは絶体絶命のピンチから抜け出したのであった。
もっとも、その先に待ち受けているのが、たぬきちにとって最大の敵――注射であることを除けば、である。




