名探偵沙也加の推理
(ど、どうしよう! まさか病院で鉢合わせるなんて……)
しかも、目の前には、たぬきちの入ったペットカートがある。控え目にいって――。
(ピンチだよぉ〜!)
その上、相手はたぬきち(犬)のことをよく知る由紀。
ピンチどころか、絶体絶命である。
けれど、沙也加はシゴデキたぬきとの生活を三年間続けたことで、誤魔化す能力も向上していた。
「あ、ちょっと飼っている犬の調子が悪くてさ。病院に来たんだよ〜!」
その名も、なにがなんでも犬と押し通す作戦――NNIOT作戦である。
けれど、そう上手くいかないのが、世の中。
立ち上がったと同時に由紀の隣にいた、ショートヘアの年若い女性が声を掛けてきた。
「あ、あなたは……あの時の騎士さん?」
「えっ、あっ! ま、真由美ちゃん?!」
真由美――沙也加御用達だったアルジン弁当のアルバイト、酔っ払いに絡まれていたところを助けた店員である。
(なに、なになに〜?! どういうこと?! なんで由紀ちゃんと真由美ちゃんが一緒にいるの? 友達だったとか?! でも、普通……友達と動物病院なんてくる?!)
普通に考えて友達とくる可能性は極めて低い。
となれば、どういう関係が考えられるか……?
(というか、騎士って誰?!)
次々に押し寄せる情報の数々に、パニック状態になっていた沙也加であったが、
「……クキュ」
たぬきちの諌めるような、小さな鳴き声に落ち着きを取り戻した。
(ありがとう。たぬきち! おかげさまで、少し落ち着いたよ!)
沙也加は、胸の内でシゴデキたぬき、たぬきちに感謝を述べつつ、
「まさか、騎士さん……じゃなかった。沙也加さんに会えるなんて!」
「えっ? 真由美って沙也加先輩と知り合いだったの?!」
「あ、うん! バイト先のお客さんで――って、沙也加先輩?!」
自分を差し置いて会話を始めた由紀と真由美、その二人の会話に耳を傾けながら推理を始めた。
(おお、なんかとってもフランクな感じだ。元同僚かな……? じゃあないよね……)
由紀は、大学を卒業してすぐに【住吉電器株式会社】に入社した。
そのことを嬉しそうに語っていた。
真由美も大学生生活の合間に【アルジン弁当】でアルバイトしている感じだった。
(じゃあ、学生時代の先輩後輩とか?)
フランクな感じと外見的な年齢差、ありえなくもない。
だとしても、病院に一緒に来るなんてことはあるのだろうか? いや、それはない。
百歩譲って、人間の病院ならまだわかる。
けれど、ここは動物病院――飼い主とそのペットが訪れる場所だ。
(そうなると、もしかして――)
直後、沙也加の脳が活性化する。
今までの由紀の言動に、この病院でのやり取り、真由美との距離感、それらをまるでシゴデキたぬきが一本の糸を衣服に仕立て上げるように、点と点を縫い合わせていく。
そして沙也加が導き出した答えとは――。
「もしかして……姉妹とか……?」
身内、それも姉妹であった。
何気なく呟いた言葉であったが、それが少し離れた二人にも届いたようで、
「「なんでわかったんですか?!」」
と、声を揃え目を丸くし沙也加に詰め寄った。
このOL誤魔化す能力だけでなく、推理力もたぬきちとの共同生活で磨かれていたのだ。
たぶん、いやきっと。
なんにせよ、言い当てられたのはたぬきちのおかげで間違いない。
だが、今はそれどころではなかった。
姉妹ということは、色んなことが共有されているかもしれない。例えば、三年前の日々――死んだ顔で半額シールの貼ったのり弁を買っていたこと。
由紀に話していた、たぬきち(犬)との生活の数々など。
共有されていたらと思うと気が気でない。
「あ、えっ……えへへぇ〜……そ、そうなんだ〜」
顔を引き攣らせながら、返すので精一杯である。
「ふふっ、なんですか? そんな変な顔して。というか、もしかして……このカートに居るのが、多芸な先輩の愛犬ちゃんですか――?!」
気が気でない沙也加をよそに、由紀はペットカートを覗き込んだ。
「へ――っ!? た、たぬき?!」
夜の公園の暗がりならともかく、ここはLEDのダウンライトが照らす清潔感の漂う院内。
もう隠しようのない状況であった。
(もう、言うしかないよね……真実を――)
ゴクリ。
唾を飲み込んで、覚悟を決める沙也加。
そもそも、初めからたぬきだと明かしていれば、こんなよくわからない覚悟を決めることもなかったであろう。
だが、後悔というものは、物事を選択した後に押し寄せてくるものである。
だから、よく考えて行動しなければならない。
とはいっても、考え過ぎてなにもできないよりはマシで――。
(う、うん! もう過ぎたことだし、凹んでいても仕方ないよね!)
沙也加は、ひとりでに納得していた。
なんともプラス思考なOLである。
心配性(たぬきちのこととなると特に)ではあるのだが、ある一定のラインを越えると、思考するのをやめてしまうのだ。
実に沙也加らしい一面である。
すると、ペットカートからたぬきちの鳴き声が微かに聞こえた。
「キ……キュッ」
その鳴き声は、シゴデキたぬきとは思えないほど弱々しかった。
(たぬきちも困ってる……どうしよう。でも、由紀ちゃんをこのままにしとくわけには――)
どこか助けを求めるかのような声色に、応えたいと思いながらも、目を丸くした後輩由紀の対処に追われる沙也加であった。




