固まる沙也加
マンションから、徒歩二十分。
住宅街を抜けて、最寄り駅の向こう側。
踏み切り沿いの路地にある、動物病院――山田犬猫病院。
犬猫となってはいるが、たぬきまで診療可という、懐の深い病院である。
沙也加は、眉間にシワを寄せたまま、ため息交じりに鳴き声をあげるという、あからさまに不機嫌なたぬきちをどうにか、その懐の深い病院に連れてくることに成功していた。
(にしても、うちのたぬきち可愛い……)
受け付けの横に設けられた待合室。
ペットカートで腹ばいになっているたぬきちを覗きながら、ニマニマ――だらしのない表情を浮かべて、
「うん、やっぱり可愛い……」
心の声が現実世界に漏れ出ていた。
日本語を話せるのに、人の目があるから鳴き声で意思表示。
まるで普通のたぬきのように、氷嚢を敷いた(暑すぎたので、たぬきちが自分で敷いた)ペットカートに伏せている姿もいい。
もはや、当初の目的と、たぬきちの気持ちは何処へやら。
毛が舞うからという、正当な理由をバックに自分の趣味趣向をぶつけた愛犬ならぬ、愛たぬきにメロメロである。
典型的な良くない飼い主だ。
「ギャ――クキュ……」
その一方通行な視線を受けたたぬきちは、一瞬、遺憾の意を強めに鳴いて伝えようとしたように見えたが、途中でそれをやめて、小さく鼻息を漏らした。
「もう、そんな嫌な顔しないでよ〜。服に関しては、確かに私の趣味がはいちゃっているかもだけど……でもでも、本当に毛は舞うわけだし……ね?」
メロメロであろうと、三年の付き合いがある。
沙也加は、たぬきちが服を嫌がっていることを知っていた。だが、それとこれとは別なのである。
ワクチン接種という年一回のイベント。
この時のみ、唯一、沙也加がたぬきちの飼い主ということを感じられるのだ。
申し訳ないと思いながらも、我慢できなかった。
(それにしても、大盛況だな〜)
季節の変わり目ということもあるだろう。
院内には、沙也加たちだけではなく、犬や猫を連れた飼い主たちがいた。
のだが――。
「って、あれ―?」
視線の先、どこか見え覚えのあるショートヘアの女性がケージを膝の上に置いて座っていた。
(絶対……どこかで見たことある子だ)
服装はパーカーに短パンというラフな装いで、髪の毛も短いボーイッシュな感じだ。
歳は沙也加より、少し若いくらいに見える。
「にゃ〜」
ケージに入っているのは鳴き声からして、猫で間違いなくて、
(この可愛いけど掠れた鳴き声、聞いたことあるような……)
猫の声にも聞き覚えがあった。
このOL、人の声の判別は人並みだが、動物にいたってはしっかりと聞き分けることができるのだ。
もちろん、顔もである。
たぬきちとの日々が、もたらした特殊能力かもしれない。
それはそれとして。
気になることは、それだけではなかった。
隣に座る女性もどこか見覚えがあって――。
「ゆ、由紀ちゃん?!」
思わず叫んでしまった。
倉下由紀――沙也加の所属する営業管理課の後輩だ。
「えっ? せ、先輩?!」
思わぬ遭遇に固まる沙也加であった。




