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江ノ上さんの同居人は、犬でも猫でもなくて、シゴデキたぬきです!  作者: ほしのしずく


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シゴデキたぬきが苦手なこと


 そこからしばらくして、江ノ上家は、突然の来訪者を迎え入れ、なぜか膝をつけ合わせて、話し込んでいた。


「――で、たぬきちさん……これはどういうことかな?」


 ダイニングテーブルに置かれた国からの書類と動物病院からの郵便物を指差す沙也加。

 

「ポ、ポン! それは、あれポン! 別に隠していたわけじゃないポン! もう少し暑くなってからでいいと思っていたポン……」


 対して、たぬきちは珍しく、どこかのOLのように視線を合わせることなく、あからさまに動揺していた。


(どう誤魔化したらいいポン……)


 内心でそう呟く始末である。

 全くもってらしくない。


 けれど、それも仕方のないことであった。


 沙也加が指差すのは、たぬきちがこの世の中で最も苦手とすることを知らせるもの。


「……たぬきち? 聞いてるの? いい? ワクチン接種はしないといけないの! たぬきはイヌ科なんだから! フィラリアもだよ?」


 そう、狂犬病とフィラリア予防のワクチン接種だ。

 

「ポン……わかっているポン……」


 立場逆転、沙也加のもっともな指摘を受けて、尻尾を下げてしゅんとするたぬきち。

 

 実はこのたぬき、前年度のワクチン接種時期をしっかり把握していた上で、一階のエントランスにある郵便ポスト(集合ポスト)に、郵便物を置き去りにしていたのであった。

 もちろん、決してそのまま隠し通せるなんて思ってはいなかった。

 けれど、できるだけ、そう――できるだけ先延ばしにしたかったのである。


(でも、そんな簡単に割り切れないポン……)


 思い出すは、毎年受けている恥辱の数々。


 動物病院へ連れて行かれるたびに、健康かどうかを確かめる為とはいえ、他人に体中をまさぐられたり、体温を測るためにお尻へ計測機器を差し込まれたり、それはもう自然界ではありえない経験であった。


 しかし、たぬきちがなによりも苦手なのはそれらではない。


(注射だけは嫌ポン……)


 そう、ワクチン接種時にどうしても避けられない注射である。

 ご主人である沙也加と元気で長く過ごすために。

 その富士山よりも高く崇高な目的のために。

 

 他は割り切れても、注射のチクッと刺される感じがどうしても無理だったのだ。


 もはやそれはトラウマといっても過言ではない。

 ギラリと光る尖った先端。

「大丈夫大丈夫」と宥めてくる癖に、しっかりと刺す獣医師と抑えにかかる看護師たち。


 それが役目だと理解していても、思い出しただけで悪寒が走る。


「んもう……病院が嫌いなのはわかるけどさ〜」


 顔を青くし、なんとも歯切れの悪いたぬきちに沙也加はため息交じりに言う。

  

「沙也加ちゃん、そう怒らないでやって。きっとたぬきちちゃんも他意はないんだから。人間だって病院嫌でしょう?」


 と、落ち着くような声色で助け舟を出すのは、ダイニングテーブル、たぬきちと沙也加の間にちょこんと座る白髪交じりの小柄な女性、一人と一匹の良き理解者――マンションの管理人である田中幸恵であった。


 実は、彼女がたぬきちの郵便物放置事件に気付いて、書類を持ってきたのである。


(でも、幸恵さんが持ってこなければこんなことになっていないポン)


 犬同居可という解釈を広げて、たぬき同居可としてくれた恩人。他にも、役所関係の届け出やご近所ルールなど、三年前の至らない中の至らないダメOL沙也加に代わってしてくれたし、教えてくれた。

 たぬきちの正体を知っている色々なことに融通が利き、シゴデキ課長、高橋恭介とはまた違った凄さがある人間。

 

 そんなことは口が裂けても言えない。

 たぬきちは、本音をグッと飲み込んで、


「幸恵さん、ありがとうポン……」


 感謝を述べた。

 実に世渡り上手なたぬきである。

 

「……わかるんですけど、隠すのはよくないですし」

「まぁ、そうね――でも! どうせ隠したってバレちゃうものだしねぇ」


 全てを見通すかのような視線、それを受けたたぬきちは、なんだか恥ずかしくなって、

 

「クキュ……ポン」


 エプロンの端を握り締めながら、顔を真っ赤にしていた。

 

「確かに……」


 幸恵の一言とたぬきちのわかりやすい反応に頷く沙也加であった。

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