怪我の功名?!
少し時間は流れて、より一層日差しが強くなる午後二時頃。
沙也加の要領を得た準備、たぬきちの大工顔負けの加工技術により、室外機を覆う日よけは完成していた。
「なかなかにいい感じポン!」
被せればすっぽりと覆い、けれど、遊びもある。
完璧といっていいほどに、沙也加の測った寸法が合っていた。
「ほんと?」
「ポン!」
(まさか、こんな特技があるなんてポン……)
能ある鷹は爪を隠すとはよく言ったものである。
本当に能があるのかどうかは別であるが。
そもそも木材をノコギリで切ったり、金槌で釘を打ったりなど、作業工程の八割方はたぬきちが担当したわけだが――。
「ふふーん♪ どう? 私もなかなか凄いでしょう? これを機にもっと頼ってくれたっていいんだよ?」
なにを勘違いしたのか、沙也加はでろんでろんに伸びたTシャツと短パン姿で、胸を張りドヤっていた。
(これは鷹じゃなくて、鳩ポンね)
急に泣き出したかと思えば、少し褒められただけで、ニコニコと笑顔を咲かせる。
調子に乗ってしまう、単純な性格で。
例え能があったとしても、どこか頼りなくて。
沙也加という人間を信頼することができても、付随する全てをではない。
鳩に例えたたぬきちであったが――。
「雀くらいかもしれないポン……」
そうボソリと呟く。
鷹はおろか、鳩にすら負けるほどの爪。
というか、そもそも何も隠せていない。
三歩進んで二歩下がるとはよく言ったものだ。
まぁ、沙也加の場合はループしているかのような部分もあるわけだが、それはそれなのである。
(……そういえば、レッサー君もそんなうたを歌っていたポンね)
それは臣下ではなく、貧しい土地から連れてきた子飼いに、勉強について説いていた回。
連れてこられた数人の子供たちは、それぞれに得意なことはあったが、ろくな教育を受けておらず、レッサー君が文字でなにか伝えようとも、読み書きができなかった。
なので、彼は文字ではなく、歌にして伝えた。
その曲は、【ホップ・ステップ・ジャンプ♪ 三歩進んで二歩下がっても大丈夫♪】という、耳に残る独特の歌。
それもわざわざ城下町に作った寺子屋で、レッサー君は臣下の目を盗み、平民の姿になって、何度も何度も子供たちに歌い聞かせていた。
それこそ口癖になるほどに。
(これも必要なことの一つポンね!)
「クキュ♪」
推しから答えを得たたぬきちは、鳴き声を響かせた。
泣き顔から一転、ご機嫌なご主人、そして理解を深めたたぬき。
なんとも微笑ましい場面であったが、
「ちょ、ちょっとたぬきちさん? 『クキュ♪』じゃなくてですね……なにか言ってくれないと、恥ずかしいんだけど――」
ご機嫌なご主人、沙也加は額の汗を拭いながら、モジモジしていた。
(なんで、自分で言って恥ずかしがるポン……)
それどころか息は荒く、お風呂でのぼせたように真っ赤になっている。
のぼせたように?
刹那、たぬきちの脳内に嫌な予感が過る。
(ご主人って、真面目だったポン……)
真面目、それもドがつくほどに+そこに野生のたぬきもびっくりなド根性までつくのである。
となれば、これは、この状態はただ単に恥ずかしがっているわけではなくて――。
「ね、熱中症になりかけているポンっ!」
そう判断したたぬきちは、目にも留まらぬ速さで沙也加を抱え、冷房の効いた室内に連れて行き寝かせた。
そして、間髪入れずその足でキッチンに向かい、冷蔵庫から自らの熱中症対策の為に用意していた氷枕を取り出す。
「水分補給もさせないとポン!」
今度は第三の手となった尻尾を器用に使って、食器棚からコップを掴み、氷枕を脇に抱えると、冷蔵庫から良く冷えた麦茶を取り出して注ぎ入れた。
「ご主人〜!! 大丈夫ポンー?!」
「だ……だいじょーぶ」
(弱々しいけど、ちゃんと受け答えできているポンね!)
リビングから聞こえた声に安堵し、そそくさと沙也加の元に駆けつけた。
「ほんと困ったご主人ポン……辛かったなら言わないといけないポンよ?」
焦点が合っているか指で確認し、念の為に脈拍も測る。
(少し速いけど、落ち着いてきているポンね)
日曜大工ならぬ、日曜看護である。
辛いことがあると深酒することもある沙也加との日々で、自然と身についたスキルの一つだったりする。
まぁ、たぬきちが身につけたスキルの全ては、お疲れOL(自堕落OL)沙也加を矯正する為、習得したものだったりするのだが。
何はともあれ、さすがシゴデキ。
もはや、できないことを探す方が難しいかもしれない。
けれど、そんなことより、気になることがあった。
(まさか毛穴がない自分より、毛穴のあるご主人が、早く音を上げるとはポン)
生物学的には、自分より沙也加の方が暑さに耐性がある。だというのに、目の前でぐったりしている。
何事もほどほどが一番。
耐性があっても、無茶はしてはならない。
その証明であろう。
(このタイミングでいうのは、ナンセンスポンね)
たぬきちは、スッとその言葉を飲み込んで、第三の手である尻尾で扇風機をつけて、
「麦茶飲んで、ゆっくり休むポン」
汗でペトペトになっていた額を肉球で拭って、枕元に麦茶を乗せたお盆を置いた。
「……ありがと。たぬきち」
「ポン! 気にしないでポン! でも――」
「でも……???」
「無理無茶はダメポンよ? どんなこともほどほどにポン」
子供を寝かしつける母親のように、優しく反省を促したのであった。




