表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
江ノ上さんの同居人は、犬でも猫でもなくて、シゴデキたぬきです!  作者: ほしのしずく


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
75/86

無駄なことはない。


「凄くわざとらしいポン……じゃあ、木材の長さを測ってほしいポン! ちゃんと室外機が被るようにお願いポンよ?」


 たぬきちは、疑うような視線を向けつつも、無下にすることなかった。


 ベランダ用のスリッパを持つと、沙也加の目の前に置き、木材、そして工具箱から巻き尺と鉛筆を取り出し手渡した。


「でーもポン! くれぐれも怪我しないようにポンよ?」


 一体、どっちがご主人なのかわからない状況である。

 いや、この場合は、弟子と師匠なのかもしれない。


 けれど、

 

「任せて!」


 沙也加は、それを受け取ると、すぐさま作業に取りかかった。


 室外機のサイズを計測。

 取り付けることも考慮して、木材に印をしていく。


 簡単なことではあるが、初めてではできない、身体に染みついた滑らかな動き。


(そういえば……私、昔こういうのしてたんだっけ――)


 それは、かつて経験したこと。


【住吉電器株式会社】に来る前の話だった。


 電気機器を扱う会社ではなく、金属加工がメインの町工場。


 親元を離れて、一人前に。

 短大を卒業した沙也加は、そんなことを胸に秘めて、油まみれになりながらも働いて、働いた。


 だが、慣れない現場。

 一人暮らしという環境の変化。

 真面目な性格。

 全てが重なったことで、一年も経たずに、転職することになった。


 不幸中の幸いは、沙也加の中にまだ働きたいという気持ちがあったこと。

  

 けれど、その頃のトラウマからだろう。

 住吉電器株式会社でも、歯車がなかなか噛み合わなかった。

 頑張ろう。

 今度こそは――そう思えば思うほどに。


 たぬきちという運命の歯車を得た今、もう思い出すことはないと思っていた。


 しかも、沙也加にとって一番、思い出したくない記憶である。

 だというのに――。


「なんか嫌じゃないや……」


 灰色だった過去は、色鮮やかな想い出に。

 独特の胸を圧迫する感覚もなくて、落ち込むこともなくて、それどころか、


「無駄じゃなかったんだ……」


 じんわりと胸の内が満たされた気がした。

 それは過去との決別――そんな格好の良いものではなくて、同化という感覚に近かった。


 ふと、頬をつぅーと涙が一雫伝った。


「あ、あれ――?!」


 泣くつもりなんかなかった。

 でも、我慢できるものでもなかった。

 勝手に出た涙だった。


「ど、どうしたポン?! な、な、なんで泣いているポン?!」


 突如として、涙を流す沙也加に慌てるたぬきち。

 先程とは打って変わって、しどろもどろ。

 第三の手と化した尻尾も慌てている。


(……たぬきちのおかげだね)


 そのあべこべな感じが、とてもおかしくって、


「……ふふっ♪ なんでもないよ! ちょっと目にゴミが入っただけ!」


 自然と笑顔になっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ