全ては暑さのせい?
「って、なにしているポン……ご主人」
視線の先では、扇風機を抱きかかえて、髪の毛を揺らす沙也加がいた。
きっと、Tシャツの中に入れようとしたのだろう。
てろてろだったTシャツが、でろんでろんになっていた。
成長とは……前言撤回レベルである。
「いやー……あはは〜」
とはいえ、沙也加もたぬきち同様、余計なことは言ってはいけない。
そう思っているのだろう。
苦笑いを浮かべて誤魔化すだけだ。
意図せず、通じ合う一匹と一人である。
「……はしたないポン」
目も当てられない。
頭を抱えながらボソリ、ため息交じりに本音を漏らすたぬきち。
対して、沙也加は――。
「そんな目で見ないでよぉ〜! お家の中だと、こう気分が落ち着いて――」
「落ち着いて……なにポン?」
「その……えーっと、か、開放的になるといいますか……実家にいる気分といいますか……」
乾いた視線に、思わず敬語で返してしまった。
そんな反応を見せていた。
(全然、目が合わないポン)
たぬきちが追いかけても、追いかけても、磁石の同じ電極を向き合わせたかのように、目線は動く。
さらには、抱えた扇風機を降ろすタイミングがわからなくなったようで、腕の中で扇風機が暴れている。
極めつけは、引き合いに実家を出す始末だ。
成長と実家の概念がわからなくなる事例である。
「もう……わかったポン」
本日、二度目の深い――マリアナ海溝より、深いため息交じりで頷くと、
(取り敢えず、この暑すぎる部屋をどうにかしないとポン )
全ては暑さのせいだ。
そう決めつけた、たぬきちはキッチンから、事前に準備していた策を講じる為、玄関先へと向かった。
☆☆☆
ジリジリと照りつける太陽の下。
いつものエプロン姿から打って変わって、ゴーグルに軍手、つなぎ服姿となったたぬきちは、玄関先から木材を抱えベランダに出ていた。
「た、たぬきち! その――大丈夫……?」
でろんでろんTシャツにゆるゆるのホットパンツという、なんともだらしのない格好のままカーテンの隙間から様子を伺うのは、江ノ上家の大黒柱、沙也加である。
(室外機に屋根を作るんだよね? でも、そんなことできるのかなー?)
いくらシゴデキとはいえ、大工仕事までできるのだろうか? ノコギリや金槌で怪我をしないか? など、色々なことが頭を過る。
けれど、沙也加はふと思った。
(というか、いつこんなの買い揃えていたんだろう)
それだけではない。
暑くても自分を見失わない冷静さ、問題が起きた時の初動の勢い。
そしてたぬきち本人は、どっしりと構えながら作業に取り掛かっている。
まさに、それは――。
(風林火山だ……)
疾きこと風の如く(風のように素早く行動し)
徐かなること林の如く(林のように静かに待機し)
侵掠すること火の如く(火のような勢いで攻め込み)
動かざること山の如く(山のようにどっしりと構えて守る)
流石に深読みし過ぎずである。
が、三年と数カ月という月日は、沙也加をしっかり侵食していた。
(レッサー君から、武将の言葉に行き着いたのかな? 歴史もいけるとか、うちのたぬき凄すぎる〜!)
そもそも論として、たぬきがこうして日本語を巧みに操っている時点で、いや、人間社会で普通に生活している時点で、とんでも案件なのだが……。
そんな論など、ポイッとどこかに投げ捨て、
「たぬきちさん! たぬきちさん! 私になにかできることはありませんか?」
とわざとらしい敬語で尊敬するたぬきちに問い掛けた。




